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変わらないもの2 変わりゆくもの

男同士だから、の一点で、弟との婚約を認めようとしない彼が、俺に恋愛感情を持つはずがないのだと、理解しているのだ。

「好きだよ、コンラッド」
日常の一コマに紛れたその言葉は、何よりも大切な我が主のもの。
瞬間、浮き上がりそうなほどの歓喜が体中を支配する。その瞳が、愛の告白をしているようにも見えて。
けれどありきたりでお約束と言われるようなものに夢を持っていそうな彼が、こんなふうに伝えるはずがないのだと思いとどまった。
これは、子供が親に対して伝える親愛の意味だ。
ならば俺も、彼に返す言葉はそうでなくてはならない。
「―――光栄です、陛下」
陛下、とわざと彼が嫌う呼び名を並べたのは、誰より自分自身を戒めるためだ。
彼は、主。
俺が仕える主人であり、決してその壁を超えてはならないひと。











以前兵士と交わした約束を果たすために、練兵の指導をしていた。
風は柔らかく、時折強く吹くのみだが、訓練中の兵士には心地よい風となるだろう。この程度、訓練の妨げになるほうが、どうかしている。
本来ならば仕える王の傍に四六時中付いて、ひとときも離れたくない。除隊した今は眞魔国の兵士ではなく、現魔王陛下直属の護衛だ。こればかりは、運やタイミングが悪かったとしか言いようがない。
ルッテンベルクの獅子の肩書きに憧れた、当時を知らぬ兵士に指導を頼まれ、断ったところにユーリが居合わせた。兵士は魔王の来訪に慌てて敬礼し、一旦引き下がろうとしたのだが、何の話をしていたのかと訪ねられては答えないわけにはいかなかった。
自分としては聞かせたくなかったが、気さくな態度にすっかり恐縮してしまった兵士が、事の次第をすっかり打ち明けてしまったのだ。主も賛成する提案にもなれば、無碍に断ることも出来ず。今の状況にある。
この血盟城の中であれば余程のことがない限り、彼に危害が加わりはしないだろうと理解している。それでも。走り回って作った、擦り傷や切り傷を放置してはいないかと、心配になるのだ。
もちろん元気なのはユーリの美点であるから、安全のために縛り付けて手元に置いておくなんて出来もしないのだけど。
腐れ縁の幼馴染みは過保護だと言うが、そういうんじゃない。誰かに保護されなければいけないほど弱くはない。ずっと―――、彼が生まれる前から、その存在に救われてきた。
親のようにだとか、保護者だとか、そんな想いで傍にいるわけではなく。
この感情に名前をつけてはいけないのだと、何度繰り返しただろう。
不意に、視線を背中で受け取る。
血盟城といえど、賊が入る可能性はゼロではない。反射的に緊張して、気配を探る。木々の間ではなく、城の中から。敵意でもないそれが、どうやら知ったものであることに気付いて肩の力を抜いた。
彼が育った国と比べると厳しい寒さの中でも、ひだまりのように暖かく、包み込むように優しげな、ユーリの気配。
自室からの移動中に、たまたま窓からこの広場を見つけたのだろう。供も付けずにどこへ行く気か、と思いながらも、彼がこの距離で自分の姿を見つけてくれたことに優越を覚えた。
振り返ってしまえば、照れ屋な彼のことだからはにかんで、また先へ向かってしまうから。
今は気付かぬ振りをしていよう。

キリのいいところで兵士に訓練の終了を告げ、彼がいた場所に向かう。もしかしたら入れ違いになってしまうかもしれないが、それでも別によかった。
ユーリがヨザックと話をしている。
背を向け、桟に肘を付いて。まさか体重をあんな不安定な場所にかけているとは思えないが、もしもバランスを崩してしまったら、窓から真っ逆さまに下の植木に落ちてしまうだろう。
ヨザックがいるのでそんな恐ろしいことは有り得ないと、払うように首を横に振った。
窓は空いていて、風もあるから彼の髪もそよそよと柔らかく揺れている。
「ユーリ」
彼が立つ渡り廊下は、賊が隠れられぬようまっすぐに伸びている。
声をかけると、何故かびくりと肩を震わせたユーリが顔を上げた。一瞬だけ見える、悲哀の色。
ヨザックを睨みその意味を探るが、肩を竦めるだけで役には立たなかった。
「こんなところに立って、今日は風が冷たいでしょう。お風邪を召されますよ」
上着を脱いで彼の肩に羽織らせると、大丈夫だと返そうとする彼の腕をそっとさすった。
黒い衣服の袖はすっかり冷えてしまっていて、どれだけ長い時間ここにいたのかと問い詰めたくなる。
「この後は執務室に行く予定でしたよね。そしてここは、執務室に向かうのに一番の近道だ。ずっとここに居たんですか?」
「う…、や、まぁ、はい」
咎めているわけではないのに、居心地悪そうに首を竦めている。
小さな子供にするようにかがんで、少し俯いた彼の顔を覗き込むと僅かに桃色に色付いた頬が目に入った。まさか、既に体調が優れないのだろうか。
地球では風邪は万病のもとと言うが、この眞魔国でも似たようなことわざがある。
伸びてきた前髪をそっとすくい上げ、手のひらを額にあてて熱を計る。
いや、計ろうとした、のだが。どん、と思いもよらぬ力で胸を弾かれ、距離を取られた。
ユーリにこんな形で拒絶されるとは想像もしていなかったせいで、驚いて顔を見れば、さあ、と青くなる。
「ご、ごめん、ちょっと驚いて」
「陛下、顔色が悪いようですが…。ギーゼラを呼びますか?」
「陛下って呼ぶな。大丈夫だって、そういうんじゃない。言ったろ、あんたが子供扱いするから、恥ずかしいんだって」
御身体が辛いのなら執務など気にせず、すぐにでも休んで頂きたいのに。
いつもより一歩分空いた距離が、やけに広い。
「お、遅れるとグウェンにまた説教されちまうから、もう行くな」
「お供しますよ、坊ちゃん」
廊下は走らないように、という地球での教えの賜物か、ヨザックと供に足早にその場から去っていった。
何故、逃げられたのだろう。
そう、あの立ち去り方は、逃げると呼ぶのに相応しかった。
彼の後ろ姿はもう既になく、呆然と立ち尽くしていたのはそれほど短くはなかっただろう。
遠くの足音が耳に入って、渡り廊下の窓を閉めると自室へと向かった。
並ぶ扉の一つを無造作に開けると、簡素な部屋に滑り込みドアを背にして、そっと瞼を落とす。
彼に、気付かれてしまったのかもしれない。
不敬なまでの自身の心の内を。
陛下は、弟の婚約者でもあり、自らが仕える唯一無二の主だ。
普段から男同士だという理由で、婚約の進展を拒んでいる彼に知られてしまっては、ああして逃げられてしまうのも頷ける。
あくまで、守るべき主人に対する態度で接してきたつもりが、鈍感なひとにまでわかってしまうほどだったなんて。
あの方は異性愛者だから、恋愛感情を持つ同性との接触は嫌悪の対象にもなろう。いっそのこと遠くに離してくれさえすれば、それが陛下御自身の命ならば、喜んで拝命するというのに。
嗚呼、でも、とてもお優しいから。御自分の都合で誰かを動かすということに、御心を痛めてしまうのだろう。
結局のところ、傍に居てお守りしなければなどという感情は、己の願望なのだ。ヨザックは信頼に足る男だし、ヴォルフラムだって一人前の武人だ。護衛だって充分に勤められるだろう。それでも、そんな可能性を全て無視してでもこのままで居るのは、俺自身がそうして居たいだけだ。
遠く離れている間は、陛下が幸せに暮らしていてくれればと祈るだけで幸せになれたというのに。厄介なものだ、と自嘲した。
離れてしまえばきっと楽になれるのに、想像するだけで、どうしてこんなにも胸が苦しい。
塊を出すように、重い溜め息を吐いた。
距離を置いたほうがいいだろう。ユーリのためにも。

一羽の白鳩が飛んできたのは、幸運と呼ぶべきか不運と呼ぶべきか。
一部隊を視察のため、ロシュフォール地方にやらなければならなくなった。
フォンロシュフォール卿が抱える銀の採掘場で、不正な銀の取引がされているという情報が入ったのだ。
ロシュフォール領は王都からは距離があり、向かうにも帰るにも時間が掛かるだろう。それが、今は救いになる。
グウェンダルの元に届いた報せだ。本来ならば彼の部下から人材を派遣するのだろうが、ユーリと距離を置くことを覚悟してすぐのことだし、同じ城の中ではどうしても顔を合わせてしまうだろう。視察の指揮官に志願した。
「コンラッドが?」
暫く城を空けることを告げれば、どうしてお前なのかと言外に聞いてきた。志願した旨は伏せたせいで、納得できないらしく眉を潜めている。
既にヴォルフラムはいつもの寝間着姿で鼾をかいて眠っていた。
「ええ。その間、あなたにはご不便をかけることになるかもしれませんが…、お許し頂けますか?」
「不便とか、おれはそういう事が言いたいんじゃ…っ」
ぐ、と口唇を噛み、それ以上を噤んでしまった。そんな風に噛みしめてしまっては、切れてしまう。
伸ばした指で触れようとして、中途半端な空間でその手を止めてしまった。身体が強ばっているのに気付いてしまえば、それ以上など出来るはずもない。
「任務だもんな、行って来いよ。それで、はやく戻ってこい」
何かを耐えるような表情で。傷つけたいわけじゃないのに、微笑む姿が痛々しい。
「ごめんな」
どうしてあなたが謝るんだ。
謝罪すべきは、俺のはずなのに。仕える主人に、邪な感情を持ってしまった俺が。
泣き出しそうに思えて、声をかけるのが躊躇われた。肩でも胸でも差し上げますと、何度も申し上げたはずだ。
それでも今触れてしまえば、離せなくなって無理にでも自分のものにしてしまいそうで。
もう何度も告げた言葉すら、口には出せなかった。

変わらないものなどないのだとしても、変わらずにいられたらきっといつまでも幸せだった。

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