忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

変わらないもの3 変えてゆくもの

ウェラー卿コンラートがロシュフォールへ発って、ちょうどひと月が経つ。
凍えるような気候は埼玉育ちには馴染みがなく、珍しさより寒さが憎らしい。
閉じた窓の外で風が吹き、木々や草花を揺らしていく。緑に茂っていた木々は既に葉が落ち、残るは常緑樹のみ。澄んだ青色に白い雲が浮かぶ空は、彼もよく知る冬空だった。
ヨザックもウェラー卿と供に任地へ行き、ヴォルフラムがユーリの護衛についた。
コンラートへの想いを自覚してから、ヴォルフラムに伝えるべきことをまだ、何も言えていない。切り口がわからず、この一ヶ月、ヴォルフラムに不自然な態度を取り続けている。
ひとりベッドに転がりながら嘆息するとほぼ同時、ハニーブロンドの三男が、出て行ったときより少し上機嫌で戻ってきた。
「なんかあったのか?」
「眞魔国に戻ると、ウェラー卿から白鳩が届いたそうだ。恐らく明日には着くだろう」
あとたった数時間で兄が帰ることに喜んでいるのだろうか。それとも明日までは次兄にユーリを奪われないことに喜んでいるのか。指摘してしまえば後者を選ぶことに気付いているから、言及はしない。
コンラッドが、明日帰ってくる。
反芻してどきりと胸が高鳴り、彼の口から次男のことが出た事で、ようやく切り出せる。
ベッドから起き上がり、縁に腰掛けた。
「なあヴォルフ、話があるんだ」
「ん、なんだ? 婚約の件をを正式に進めるという話なら、ぼくはいつだって出来るぞ」
ウェラー卿がシマロンに渡っている間に大人びた三男は、にやりと笑って隣に座った。
ヴォルフラムを好きになれたら、苦しむことはなかっただろう。彼はユーリを良き王にし、良き伴侶、良き理解者で在ろうとする。
「近いけど、違う。ヴォルフラム、本当はもっと早くにお前に言うべきだったんだ」
瞳を覗き込み、顔を引き締める。
「お前のことは好きだけど、そういう意味で好きにはなれない」
だから、結婚も出来ないのだと伝えれば、ヴォルフラムから笑みが消えた。
酷いことだと、理解している。理解していても、コンラートを好きなまま、ヴォルフラムと婚約者で居続けることは出来なかった。
これまで何度かこの手の話をしたこともあったが、意図に気付かないか、話の進展がないままに終わるかのどちらかだった。それでも、今回ばかりは直球に伝えた成果か、何度か口を開いて、言葉を選んでいる。
「好きな男が、出来たのか?」
どうして男なんだと、否定出来ればユーリは少し楽になれただろう。彼との婚約の進展を拒んでいた理由はいつもそれだったから。
いつもなら、この尻軽、と罵倒が飛ぶのに、静かなままだ。
何もかも気付かずにいられたら、幸せだったのかもしれない。
激高もせず、答えを待つヴォルフラムに頷く。
「コンラートか」
「え…」
どうしてわかったのか、と動揺が走って、目を合わせているせいでそれを読まれた。動揺は、肯定だ。
髪と同じ色の長いまつげが揺れ、瞼に緑が隠される。
「そうか」
静寂に、一言だけが落ちる。傷付けることがわかっていて、傷付いていることがわかっていて、けれど謝れない。謝罪は、彼のプライドについた傷を、もっと深く抉ることになるだろう。
その場から動けずにいるとヴォルフラムが顔を上げ、唐突にユーリの額を小突いた。
「いてっ」
「まったく、何を情けない顔をしてるんだ」
腰に手をあて胸を張って、だからお前はへなちょこなんだ、と笑みを取り戻す。
「それで、もうコンラートには言ってあるんだろうな?」
「まぁ」
泳がせたユーリの視線と苦笑で、答えを察したヴォルフラムが、眉を潜めた。
「おい、まさか」
「ダメでしたよー、玉砕。あーもー、言わせんな。でも、嫌だったんだよ。コンラッドがダメだったからって、お前と婚約者で居続けるのは、おかしいだろ!? お前にもコンラッドにも失礼だろ!?」
「そういう事が言いたいんじゃないっ」
遮るように手を閃かせたヴォルフラムに、首を傾げてその先を促す。
ヴォルフラムには、ユーリとコンラートが相思相愛に見えていた。だからこそユーリに自覚がないときは、自分に振り向かせようと必死にもなったのだ。コンラートの気持ちなど、誰が見るより明らかじゃないか。なのに。
「コンラートが、言ったのか?」
「は?」
「お前では駄目だと、はっきり言ったのか?」
「言わねぇよ。でも、光栄です、って、それだけだった」
もう思い出したくないのに、その光景が甦る度、胸がしくしくと痛む。泣きたくなどないのに、目頭が熱くなっていく。だけど涙など零さない。
「しょうがねぇよ。だって年の差八十オーバーだろ。普通なら恋愛の対象にもならねえって」
ユーリの理屈は、長命の魔族には通用しない。ヴォルフラムの母はもっと年の差があるコンラートの父と恋に落ちたし、ヴォルフラムとユーリだって年の差は六十以上だ。
「コンラートは、愚かだ」
苦々しくその名を吐き出したヴォルフラムの表情に、ユーリが吹き出す。その顔は長兄にそっくりだ、と。
「違う、コンラッドが悪いんじゃない」
誰が悪いわけではないのだと、首を横に振る。敢えて言うのなら傍に居られるだけで充分だというのに、その先を求めてしまったから。音にはならなかったが、そう言った気がしてヴォルフラムは口唇を噛んだ。
コンラートを責めれば、ユーリが自分を責めてしまう。
「大丈夫だ。死んだかもって、思ってたあの時や、大シマロンの軍服着てたときとは違う」
「それに何の意味がある」
何よりも大切にしているものが目の前にあるのに、コンラートの守り方はどこか間違っている。
必要とされていることを素直に信じられず、自己完結しては守るべき者を自らの手で傷付けていることに気付いていない。刃にも、優しく包み込む毛布にもなり得ることを、知りもしないのだろう。
俯いた黒髪を抱き寄せて、胸に押しつける。
「ヴォルフ、離せって」
「大人しくしていろ」
突っ張った腕をものともせず、ユーリと体格は同じだというのに離れることはなかった。
コンラートは愚かだ。ヴォルフラムは口には出さずにもう一度繰り返した。





ウェラー卿が帰ったという報告を受けて、執務中のユーリに報せる前にヴォルフラムが向かったのは、次兄の部屋だ。
勢いよく扉を開け放つと、王の元へ向かうために身を整えていた。気にせず胸倉を掴む。質素な部屋の寝台には、脱いだばかりの軽装が放り投げてあった。
「コンラート!」
「ヴォルフラム?」
挨拶もなしの弟の行動に驚いて目を丸くしているが、堪えるつもりもない。
「お前は…っ、馬鹿にしているのかっ」
「何のことだ?」
言葉の意味が図れずにいる男の、胸元を掴む力を強める。
外れたままの軍服の留め具が掌に刺さるが、気にしている余裕はなかった。
「ユーリのことだっ」
「陛下の?」
流石のコンラートも苦しいのか、眉をしかめるとヴォルフラムの手を離させる。それに仕方なく従うが、睨みつける眼光は緩めない。
「俺が、陛下を馬鹿にしているということか?」
半分笑うような、曖昧な表情。馬鹿にしているわけがないのは、口にしたヴォルフラムもわかっていた。目の前の男は、まだ王がこの世界へ君臨する以前から、王を見守り、次代魔王のために動いてきた。敵国への出奔も、理由は敬愛する主のためだった。
そんな男が、まだその主を小さな子供だと思っていることが何よりも、許せない。
婚約の時に事情はあれど、今は誰より愛する王を哀しませた罪は重かった。
出生の時に立ち会おうと、王がまだ魔族として成人したばかりであろうと、その外見と等しく精神は成長している。恋をすることもあれば、人を愛することもあることに、気付いていないわけではあるまい。
「昨晩、婚約を解消した。正式な発表はしていないが、時期を見て国民にも報せることになる」
「なんだって?」
「言い出したのはユーリだ。想い人がいると」
お前には心当たりがあるだろうと、記憶を探らせる。
コンラートが浮かべたのは、もう一ヶ月以上も前になる。今ほど寒さも厳しくなる前、朝のトレーニング後の日常の、いつもとは違うワンシーン。
恋情を滲ませたような瞳が脳裏に浮かび、胸にじわりと沁みる。まぼろしではなかったのだと暖かくなる。
「あの方は、俺のことをそんな風に想ってくださってはいないよ」
「どうしてそう思うんだ!」
コンラートは旅の途中、ヨザックにも似たことを言われたが、全て聞き流していた。彼が自分をそういう目で見ることはない。男同士の恋愛を彼の中で許すとき、その対象になるのは弟しかいないと思っているのだ。
「お前は何度、ユーリを傷付ければ気が済むんだ」
何度も傷付けた。だからこそ、主と結ばれるべきは、彼が最高に幸せになれる相手がいいと思っている。それはコンラート自身ではないのだと。
ヴォルフラムの堅く握った拳が震えているのが見えても、主の心までは見えない。



ヴォルフラムはコンラートよりもずっと、ユーリの幸せを知っている。
くしゃりと彼の金糸の髪を撫で、王のもとへ向かうべく整え終えた身でコンラートは部屋を出た。

拍手

PR

Comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

掲載されている文章・画像・その他すべての無断転載・無断掲載を禁止します。

TemplateDesign by KARMA7
忍者ブログ [PR]