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変わらないもの4 変えてきたもの

変わらないもの4 変えてきたもの








執務室を出ると、ドアの横にはコンラッドが立っていた。
昨晩ヴォルフラムから聞いてはいたが、予定通り血盟城に帰って来れたらしい。ギュンターを残し、一度グウェンダルが執務室を離れたのは、その報告を聞くためだったのかもしれない。
「帰ってたんだ?」
「報告が遅くなって申し訳ありません、陛下」
眉を困ったように持ち上げ、いつも通りのカーキ色の軍服姿で微笑んだ。
「そんなことはいいけど、陛下って呼ぶな」
「はい。ただいま、ユーリ」
「おかえり、コンラッド」
甘さを含んだ声に、胸が締め付けられる。たった一ヶ月会ってなかっただけだけど、その間に地球に帰らないように風呂に入るのも冷や冷やしていたのだ。
理由のひとつは、ヴォルフラムと婚約解消を果たすこと。
もうひとつは、その上でコンラッドと改めて話をすること。
「コンラッド、今から時間作れる?」
「俺はいつでも大丈夫ですから、あなたの都合に合わせられますよ」
「ありがとう。じゃあおれの部屋に来てくれ」
「はい、わかりました」




コンラッドがメイドさんに用意させてくれたティーセットで、紅茶を淹れている。おれが招いたんだから気にしなくていいと止めたのに、このくらいはさせてくださいと苦笑された。この男はたまに変なところで頑固になるから、大人しく椅子に座って彼の動きを目で追うことにしたのだ。
白いクロスが掛かったテーブルもちょうどいい高さで、見えている木の部分はぴかぴかに磨かれているから、置かれているものが鏡みたいに映っている。
カチャリカチャリと、静かな部屋に陶器がぶつかる音だけが響く。
保護者であることも、臣下であることもやめようとしないひと。離れないように、子供のままでいたかったのも真実だ。
一度、流せるように伝えてしまっているから。一度、ああして流されてしまっているから。本当は、こわい。これ以上傷付きたくないとも思う。
だけど、もっとちゃんと、言葉にしておきたかった。どうせ散るのなら、最期は派手に、ってな。
「なあ、コンラッド」
「はい? 悩み事ですか、そんな深刻な顔をして」
ティーカップを目の前に置いてくれて、その取っ手を指で弄ぶ。
「話、なんだけどさ」
気付かなければ、求めずに済んだ。
「おれ、好きだよ。コンラッドのこと」
「どうしたんですか、いきなり」
「あんたにとっては迷惑なんだろうけど」
ごめん。今だけは、王としてじゃなく。名付け子でもないおれでいさせてほしい。あんたにとっては必要のない時間なんだろうけど。
迷惑だなんて、と言い掛けた彼の声を首を横に振って遮り、丁度よく温まったカップを両手で握る。テーブルに置いた褐色の液体に自分の情けない表情を映し続けた。
「でもおれは、あんたに、さ、触りたいとか、キスしたいとか、そういう意味で、好きなんだ」
二度目なのに、こんなに苦しい。ここまで言えば、コンラッドだってはぐらかすことはないだろう。おれのことはそういうふうに見れないと、はっきり言ってくれるだろう。
「ごめん」
臣下として、接することが出来なくて。名付け子として、子供のままで居られなくて。
彼の動く気配が怖くて、目を閉じたらもっとはっきりわかるようになってしまった。
コンラッドの表情は見なくても浮かんだのに、今ばかりはどんな顔をしているのか見当も付かない。
衣擦れの音とポットを置く音が重なって、すぐ隣にまで彼が来たのかを感じた。
「顔を上げてください」
押し殺したような声に、言葉通りにすることも出来ず、身を縮めたら耳に触れられた。
「顔を、見せて」
視力を失った経験が、近付いた温もりを感じ取らせる。耳元の囁きが、ひどくゆっくりと沁みてくる。
「ユーリ」
名前を呼ばれたら、もう駄目だった。逃げられない。
視界に入ったコンラッドの顔は、保護者でも臣下のそれでもない。
「俺も、同じ気持ちです」
頬を包み込んだかたい手が、親指でかさついた口唇を軽く撫でた。
「王として、仕えるべき主として、あなたを見ようとしました。それが出来ないのなら、離れるべきだとも。こんな感情を持ってはいけないのだと、言い聞かせてきたんです」
「どうして…」
「あなたを傷付けてばかりいる」
まるで子供によく言い聞かせるように。
「俺では、幸せに出来ない」
コンラッドでは幸せになれないとか、どうしてそうなるんだ。
誰かに幸せにしてほしいなんて考えたこともない。
「おれは、あんたが好きだって言ってるのに。そういう目で見れないってんなら、はっきりそう、断ってくれ」
語尾はすこし掠れたかもしれない。喉の奥に色んな感情がつっかえて、うまく呑み込めない。中途半端に優しいのは、時に残酷だ。
「手に入れてしまえば、もう手放せなくなります。近付く全てに嫉妬してしまう。あなたを失えなくなる。束縛して、傷付けてしまうかもしれない。俺はそれが怖いんです」
「おれのことはそういう目で見られないから、あんなふうに言ったんだじゃないのか?」
「あんなふうに?」
首を傾げられてしまう。まさか。
告白の意味に気付いていなかったとか、そんな馬鹿なことはありえないと、無意識のうちに選択肢から外していた。
「名付け子として、王さまとして、それ以外に見れないから、あんなふうに、はぐらかしたんじゃないのかよ。光栄です、なんて、あんな言い方…っ」
ここまで言って、漸くコンラッドが理解したようだ。
どれだけ辛かったと思ってるんだ。忘れなきゃいけないと。なにもかも無かった事にしたくて、試みて、消せなくて。
「はぐらかしたんじゃありません。あなたがヴォルフラムとの進展を拒む理由は、同性であることでしょう。そのひとが、俺をそう見るなんて、見てくれているなんて、考えられなかった」
考えてはいけないと、思っていたんです。
静かな呟きを落とし、彼の左腕に触れていた手を掴まれる。
瞳に散った銀の星が揺れているのは、きっとおれの気のせいだ。
「ヴォルフラムや、グリエにも怒られました。でも信じられなかったんです」
辛そうに傷のある眉を寄せて、ひとつひとつ、紡ぎ始める。
「信じて、そうじゃなかったとき、俺はどうすればいいんですか。勝手に期待して、突っ走ってしまえば、俺はもう戻れなくなってしまう。あなたを困らせることになる」
「おれは、コンラッドが好きだよ。その…、恋愛として」
レンアイなんて、声に出してしまうと照れくさい。
瞳に浮かぶ銀の星がふわりと緩み、泣きそうに微笑む。
「愛しています」
まだたったの十六歳のおれには、到底恥ずかしくて口に出せないようなことを、するりと実行してしまう男が、なんだか憎らしい。言えるようになるには、あと百年は必要なんじゃなかろうか。
恐る恐る、大きな手が背中に回る。この手に、何度も守られてきた。
おれの代わりに傷だらけになって、隻腕になった瞬間もあった。
壊れ物でも扱うかのような、緩く囲むだけの抱擁に焦れて、彼の胸元をぐいと引き寄せる。僅かに驚いた顔をして、嬉しそうに目を細めた。
ぎゅ、と強くなる力に応えるため、広い背中に腕を回し、胸に頬を寄せる。

どれだけの時間、そうしていたのかはわからない。
想いを交わらせるように触れ合って、身体を起こすと彼と視線が絡んで反射的に俯いてしまった。
視界の端に映った、座っている椅子の背凭れに手をついて。上向かされるように、反対の手は頬に添えられる。これは、コンラッドの癖なのだろうか。

目を閉じると、口唇に優しい感触。
鼻孔を擽るのは、香水をつけない男の匂い。
この先、少しずつ、彼の癖を知っていくのだろう。

彼がここに居るということ。
そして、同じ気持ちでいてくれるということ。

コンラッドは、おれを幸せに出来ないと言っていたけれど、彼が気付いていないだけだ。

だって今、おれは最高に幸せなのだから。

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