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青い色の僕と君。


 さくり、とクッキーが砕ける音が聞こえた。
 視線を上げれば、天使の如き容貌の婚約者。
 一本足のテーブルに広げられたクッキーディッシュの上は、細かい欠片ばかりになっている。紅茶はもう、ずっと前に冷めてしまった。
 窓から差し込む陽光は、真向いに座ったヴォルフラムの髪をきらきらと透かしている。蜂蜜色の長い睫毛は、彼がまばたきをする度、白い肌に薄い陰を作り出した。
 穏やかに、穏やかに過ぎていく時間。どうしてだろう。
 ダルコで箱を見つけ、そして眞魔国に還ってからは、彼とこんな時間を過ごすことが増えていた。
 それは、シマロンに居る間。或いは次兄から離れている間に、彼自身の中に起きた心境の変化のせいかもしれない。
 ただ今はそれが客観的に見えるようになり、その時間がひどく気恥ずかしくなってしまった。
「なあ、キャッチボール、してみないか?」
 キャッチボールも野球もない世界。三男坊の視線の先を追っていたら、野球ボールを見つけた。使い込まれたそれは、初めてこの世界でキャッチボールをしたときのもの。
 彼がプレイしたこともないとわかっていたが、ついそんなことを言ってしまった。
 沈黙を壊したかったのかもしれない。何かを言ったところで、何も変わらないかもしれない。
 だが、何処か遠くを見詰めていた彼が真っ直ぐに此方を見て、また二、三度瞬いた。
 驚いたような、けれど嬉しさを隠すように、わざと怒っているみたいに答える。
「ユーリがどうしてもというなら、一緒にやってやらなくもないぞ」
 僅かに顔を赤らめ、そっぽを向いてしまう。照れているだけだとわかるし、外見が完璧な元プリンスは、素直じゃないところも魅力の一つだろう。
「お前ってほんと可愛いよな」
「何を言ってるんだ。可愛さならぼくよりもユーリのほうが数倍、いや数十倍は可愛いぞ」
「う……、そういうこと云うのやめてくれる? まじで。ほら鳥肌立ってきた」
 魔族の美的感覚には慣れてきたけれど、ヴォルフラムからの不意打ちには毎度驚かされる。鳥肌が立った腕を見せると、不満そうにため息をついていた。
「まったく、ユーリが照れ屋なのは変わらないな」
「あのなあ……」
 呆れるけれど、彼とはこの距離感が楽しい。
 ヴォルフラムだけが成長し、大人になっていくわけじゃない。おれだけが一人、大人になるわけでもない。
 例えば下らないことを言いながら。時には互いの弱点を指摘し合って。二人で大人になっていけばいい。
 振り切るように立ち上がると、グラブと球を持ち、何度か確かめるように握り直す。
「行こう、ヴォルフ」
 伸ばした手は掴まずに、呆れているふりで彼が笑う。
 好きなことを、近しい人と出来るようになるのは何より嬉しいことだ。
「単純な球投げに興じるなど、ユーリは本当にへなちょこだな!」
「へなちょこ言うな! ヴォルフだって、やってみれば面白さが絶対わかるって」
「ふん。ぼくは大人だから、お前に付き合ってやるだけだ」
 言い合いながら、居室を出ていく。
 外は晴れ。降水確率は、多分0パーセント。
 美味しいものを一緒に食べて、楽しいことを一緒に出来るなら、それはきっと、何よりの幸せだろう。
 

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