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絶対幸福論


 ゆるやかに時間が過ぎていく。
 何でもない日々。別段特別なこともなかった昨日と、昨日と変わらぬ今日。そして訪れるであろう、未だ見ぬ明日。
 珍しく無事に地球から持って来られた週刊誌の漫画から顔を上げ、ユーリは知らず詰めていた息を吐き出す。
 自室で読んでいればヴォルフラムが興味を持たないはずがないし、それが地球のものと知れれば落ち着いて読めなくなるだろう。そう考え、逃げ場所として戸を叩いたのはコンラッドの部屋だった。どうかしましたか、と彼の微笑みに答えれば、柔らかなソファに案内されて今に至る。
 いつも整頓されている部屋の、揃えて並べられている本は表紙を見るだけで眠気を誘い、一番目立つ棚には相変わらずアヒル船長が飾られていた。
 隣には当然のようにコンラッドが腰をかけている。曲げた肘がぶつかりそうでぶつからない、絶妙な体温が心地いい。机を挟んだ向かいのソファに座らなかったのはこの距離感が好きだからだ。
 ハードカバーの本を読んでいる顔を横目で見る。剣を振るう姿も本を読む姿もサマになっているなんてと少し憎らしくなった。
 ソファの背凭れにゆっくりと背中を預け、座り直すかのように少しだけ身体をずらしてコンラッドに近付ける。彼がページを捲ると、ユーリの袖のほんの一端に腕が掠めた。実際には腕というより軍服の袖だし、女々しいことをしていると過去の自分が見たら呆れられそうだ。だというのに、微かに感じ取れる体温がそれでもいいかという気にさせて、じわりと心に何かが滲む。
 嗚呼、幸せだな、と不意に実感した。
『幸せ』とは何か考えたこともなかったが、人をひどく優しい気持ちにさせるものだった。日常に紛れていて、穏やかで、かけがえのない時間。なんてことない日々に紛れた、ありふれたひととき。
 ユーリのためだけに作られた、裸足になれる空間があったり。突然の来訪にも眉を顰めることなく受け入れてくれたり。そうして受け入れてくれる人がいるということが、ただ、嬉しかった。
 失った瞬間があるからこそ際立つのかもしれない。何よりも愛おしい刹那の積み重ね。
 彼に聞こえていなくてもいい。それでも言葉にしたくて、気付けば口に出していた。
「ありがとな」
「……何がですか?」
 いつの間にか顔を上げていたらしい保護者が、意味を尋ねてくるとは想像していなかった。てっきり本に集中しているとばかり思っていたから。だけどその声も長閑やかで、今は顔を見なくても表情や考えていることがわかり、また幸せを募らせる。コンラッドも同じことを思っているようだから、答える必要はないと首を横に振った。
「なんでもない」
 薄茶の瞳に浮かぶ銀の星がふわりと綻び、慈しむような表情に居たたまれなくなって、姿勢を直すと週刊誌に再び視線を落とす。
 今自分が此処にいるということ。隣に彼がいるということ。どうかこの幸せが、いつまでも続きますように。
 口には出さずに、そんなことを願えるということが、幸せだと思った。


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