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爽やかな風が窓から入り、カーテンを揺らす。
窓際のパソコンに向かっていた村田の前髪が同時に靡き、集中が途切れたのか顔を上げた。
ずれた眼鏡を押し上げながら外を見ると子供が走り回って遊んでいる。遠くからは、変声期を迎える前の楽しげな声も聞こえた。
春に差し掛かる陽光は辺りを照らし、人の気持ちすら明るくさせる。変態も増えるのが、困りどころだけれど。
しかし数時間前まで暖かかった風は冷えてきているから、日没は近いのだろう。この季節は暗くなると一気に気温が下がるから、子供たちは一斉に家へ帰っていく。
空は未だ青いが太陽は南西に位置していた。
息を吐き出して視線を動かすと、有利が週刊の少年誌を読んでいる。バイトをしていないこともあり、毎週数百円の出費さえ抑えたいと泣きついてきたからだ。
眞魔国にいる間も同じように地球の時間も進むようになってから、もう数回の行き来を繰り返している。少しずつ学校を休む回数が増えていって、完全に彼があちらの人となってしまうのは、一体いつになるのだろう。そのとき、村田は共に行けるのだろうか。
カーペットに足を投げ出して座る彼の、姿勢の良い背中。話すわけでもなく、身体を傾ければ触れそうな場所にいる。
遊ぶといっても別段特別なこともせず、草野球や野球観戦以外はどちらかの部屋でまったりするのが常。それも大抵別行動だが、関係なかった。
『今が一番幸せだよ』
いつか伝えたのは、偽りない本音だ。
心を許せる友人を持てなかった医師も、何も知らないことにして過ごした少女も。
同じ魂を持つ者が、彼等からしてみれば夢のまた夢のような人と出会えることなど、予想もしなかっただろう。
村田自身、村田健としての生を終え誰かの記憶の一部になったあと、同様の幸福が得られるとは思っていない。けれどそういう人物に出会えたという記憶が、その先の誰かの希望に繋がるのかもしれない。友人を持てなかった誰かの、哀しみを増長させるのかもしれない。
来世のことなど誰にもわからなかった。
未来に想いを馳せるなんて、無意味なことでしかないとわかっている。数千年の記憶の一部となった誰かにそうして考えた者もいたけれど、やはりそれは誰かの願いでしかなかった。
今ならば始祖達のことを、ほんの少しだけ可愛いと想えた。結局のところ、互いに不器用だったのだろう。
不格好なことに気付けず、折れることも出来なかった二人。
大賢者と呼ばれた男の心が動いた瞬間、頭に浮かぶのは決まって眩しすぎる輝きだった。あんなにも大切にしながら、素直になれずに住む世界を違えたのは、信念と、意地と、僅かな甘えだ。
大切なら大切と云えばよかったのだ。失いたくないのなら、そう口にすれば何かが変わったかもしれないのに。
年齢を考えればずっと年上のあの男達が選んだのは、子供のような我が侭を貫いた末の結論だった。
主張をぶつけ合い袂を分かつのではなく、互いの意見を呑み込み共に過ごせる結果が出せたなら良かったのにと。
けれど長い長い年月をこの地球で待っていたからこそ、村田が親友と呼べる人と出会えたのなら、すべては過ちではなかったのかもしれない。
夕凪のあとの冷えた風を感じ、窓を半分だけ閉めた。もう少ししたら有利の腹の虫が鳴いて、帰ってしまうのだろう。
そう考えると寂しさが胸を撫ぜていくが、満たされているひとときがあるからこそ触れた感覚もまた、愛おしかった。
手の届く距離に秘密を共有できる友人がいるということ。そしてなんてことない月並みな日々に彼の姿があり、同じ時間を生きていけるという奇跡。
四千年という気の遠くなるような歳月と、忘却を赦されない魂を呪ったこともあるけれど。
たとえばこの記憶があったから、彼を見つけられたのだとしたら。渋谷有利という最高の友人に出会えたのだとしたらと、考えただけで幸せになれた。
時を刻み、未来も魂が滅びるまで積み重ねていくのだとしても。
きっと、今以上にはならない。
本当は比較するのはおかしいのかもしれない。同じ魂を使っていても彼等は彼等であり、村田健は村田健でしかないのだから。
それでも、ともすれば見逃してしまいそうなひとつひとつに気付けるのは、やはり彼等の人生があるからだ。
だから、何度だって繰り返す。何度だって伝えたい。
今僕を、こんなにも優しい気持ちにさせてくれるのは、紛れもなくきみなんだと。
そんなことも露知らず、ただの村田健として接してくれる有利に少しだけ意地悪がしたくなって、伸びた背中に寄りかかる。
「なに?」
「なんでもないよ」
「ふーん」
彼が本を閉じたら、もう一度あの言葉を伝えてみよう。
どんな顔をするのだろうか。笑う? 照れる? 何度も聞いたと呆れる?
村田は誰にも見えないように笑みを零す。
伝えられる『今』があるということが、幸せだった。
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