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泣いてなんかない


 眞魔国に到着したギュンターからアニシナに託され、ヨザックは一命を取り留めた。かといってすぐに目を覚ますわけではなく、眠ったままで昏々と生き続けたのだ。現在は、事情を知る限られた哨兵には箝口令が敷かれている。
 元々グウェンダルの令で遠方へ向かうことが多かったヨザックだ。長期間姿を見せなくとも誰も不審に思わないし、外の空気に触れた方がいいからと車椅子で散歩に連れて行くときも、アニシナの実験に付き合っていると言えば誰もがそれを信じる。
 王が眞魔国に帰ってから、彼の日課がひとつ増えた。
 血盟城の、空いていた部屋。グリエが眠る部屋に、暇が出来たときにユーリは顔を出していた。
「到着ー! 部屋に着いたぞ、ヨザック」
 押していた車椅子を止め、肩越しに声をかけている。開けた窓から清々しい風が吹き、白いカーテンを揺らした。
 変わらずに目を覚まさない相手。反応を示さないにも関わらず、ユーリは話しかけ続ける。今日も晴れていることを理由に、車椅子を押して城下へ繰り出していた。
「今日天気すごくいいから、外の空気も気持ち良かっただろ?」
「ここ数日雨が続いたせいで、籠もりっぱなしでしたもんね」
 散歩に同行していたウェラー卿が榛色の瞳を細めて微笑む。
「そうそう。いっつもアニシナさんを言い訳に使ってたら悪いし、毎回同じじゃ流石に誰か気付くしさあ。だからごめんな、あんま散歩行けなくて」
 正面に周り込んでしゃがみ、見上げるようにして顔を覗き込んでいる。穏やかに息をしている音を聞いて笑い、反応のない彼にも憂いを見せることなく立ち上がった。
「ユーリ。グリエのことはあとは任せて、そろそろ行きましょう」
「ああ。じゃあな、ヨザック。あとでまた時間が出来たら来るから」
 部屋を出ると、ドアの横で待機していたギーゼラが軽く礼をして入れ替わるように入っていく。
 振り返ることもなく足早に私室へと向かう背を見つめ、コンラートは口唇を噛んだ。開けたドアの隙間に身体を滑り込ませたユーリを追い、扉が閉まる音を背中で確認する。
 気丈に振る舞い、本当に辛いときにこそ辛さを隠してしまうのは彼の強さであり、美点だとしても。優しい心が傷付き続けるのを、黙って見ていられるはずがない。
 軍人と比べてしまえばずっと細い肩に触れる直前に、ユーリがいつも通り、変わらない笑顔で振り返った。
「コンラッド、なんか小腹すいちゃってさ。つまめるものないかな」
 答えずに、その身体を抱き締めていた。離れようともがく彼の背中を、子供をあやすようにそっとさする。
「ユーリ」
「なんだよいきなり。どうかした?」
 大丈夫だからとその耳元で囁けば、ひくりと震えたユーリの身体がゆっくりとコンラートの胸に体重を預けてくる。
 背中に回された彼の手が軍服を巻き込むように、ぎゅっと握られるのを感じた。
「泣いてるわけじゃないからな」
「わかっています」
「……っ」
 大丈夫と、この言葉に一体どれほどの力があるのだろう。何が“大丈夫”なのか、何故“大丈夫”なのか、根拠もなければ明確に示すこともない。
 彼の強さは美徳かもしれない。だがその強さは、同時に脆さにもなる。ダルコから還って以来、弱音の一つも吐き出すことのないユーリを見ていると、不安になるのだ。
 比喩ではなく、彼が頭を押し付けている胸元にじわりと沁みる温もりを感じた。堪えてきた痛みや後悔を、声を殺し涙を零すことで体外へと放出する。それが己の腕の中でというのなら、これほど安心出来ることはないだろう。いつか彼の悲しみのもと全てが絶てればと思うのは、大げさではない。
「つらいですか」
 質問の意図はなかったけれど、そう問わずにはいられなかった。
「違う」
 首を横に振って、掠れた声で紡がれた続きの言葉を聞き逃すコンラートではない。いつかのように同情するわけでも、眠り続ける彼の痛みを想像して顔をしかめることもなく。
 いっそ愚かであれば楽になれるのにと願うほど、確かな成長とその聡明さが今はひどくやるせない。
 あなたのせいではないと何度口にしても、届くことはないのだろう。だから、彼がまた心から笑える日がくるまで、何度でも泣き場所になろう。この腕も胸も、差し出そう。

 無力であることが、哀しいだけだ。
 
 彼の言葉を反芻して、俺も同じ気持ちだと言わなかったのは大人としての意地だったのかもしれない。



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