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ベランダに肘掛けて、濃紺の夜空を名付け親兼ボディーガードと見上げていた。
眞魔国の夜は電気がないせいで深く、月や星がよく見える。これは、おれがこの国に初めて来たときに発見したことだけど、月日が経った今もその美しさは変わらない。
金色に輝く月がぽっかりと浮かび、星は淡く、強く瞬いている。
「月が綺麗ですね」
不意に隣の男が穏やかに呟いた。
その言葉を聞いて不意に脳裏を過ったのは、国語の担当教師が口にしていたことだ。
いつもなら野球に関係ないことはすぐに忘れてしまうのに、印象的で、コンラッドの声に引き摺られるようにして思い出した。
「夏目漱石がI love youを月が綺麗ですねって訳したんだってさ」
期待していたのは、少しの驚愕。目を少し大きくして、それから細めて、よく知っていますねと柔らかく笑うかと思ったのだ。
「えぇ、知っていますよ」
なのに、驚いてくれなくて逆に此方が素っ頓狂な声を上げてしまった。
「知ってたの? ちぇっ、地球のことくらいはおれがあんたに教えたかったのに」
子供染みているとわかっていながら拗ねてみる。地球の、日本のことならおれのほうが知ってると見せ付けたかっただけだ。
眞魔国では沢山のひとに、色んな事を教わってばかりだから、と。
少し冷たい風が髪を揺らして、背の高い木が乾いた音を立てる。
大方、彼は村田にでも聞いたのだろう。
「おや、流されてしまいましたか」
古傷が残る眉を上げて、残念そうな顔をする。此方の反応を伺う悪戯っ子の色を滲ませているから、思わず聞き返した。
「え?」
「月が綺麗ですね、って言ったんです」
夏目漱石は、I love you.を『月が綺麗ですね』と訳したんだ。
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