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星空からの贈り物


 吐き出した息が白く昇っていく。目で追おうとして、視界の脇を掠めた別のものに意識を捕らえられ空を見上げた。差し出した手のひらに落ちたそれはあっという間に温もりに融けてしまう。
 冷たくて、優しくて、とても儚い。
「……雪だ」
 道理で寒いはずだと呟くと、少し後ろを歩いていた男も空を仰いだ。頭一つ分高い彼の表情は見えないけれど、あまりいい顏はしていないらしい。
 傷があるほうの眉を僅かに下げ、保護者の顔をして困ったように笑う。
「早く帰らないと、あなたに風邪を引かせてしまいますね」
「このくらいで風邪引いたりしないよ」
 過保護な名付け親が心配しているのはこの事かと呆れた。今すぐ帰りましょうと言い出しかねないから、話を逸らすために並んでいる露店の一つを覗き込む。金属で出来たアクセサリーや、小さな石が広げられていた。
 確かに冷えた身体は早く湯船に浸かって温めたいし、暖炉で暖められた部屋も魅力的だ。だけど城下に下りたのはいつも世話になっている城の皆に少しでも礼がしたくて、クリスマスのプレゼントを選びたかったから。明日も抜け出してしまうと摂政の眉間の皺が増えるし、教育係の涙と鼻水が飛び散ることになるだろう。だからこそ今日中にプレゼントを揃えてしまいたかったのだ。
「おれは平気だけど、ごめん。あんたは早く帰りたいよな」
「軍人だから、鍛え方が違いますよ」
 微笑んでいるけれど、そうではない。もう少し粘りたいのはおれの我が儘だが、寒いから早く帰りたいだとか、荷物持ちは疲れたとかいう理由だってあるだろう。
 どれだけ疲れていても、結局のところ王とその臣下。意図して隠されてしまう本音は、爽やかな笑顔に誤魔化されて読めない。ただの名付け親と名付け子の関係を望んでいたとしても、隣の護衛は決まって最初は陛下と呼んだ。
「雪、積もるかな」
「さあ、この分だと積もるかもしれませんね。嫌ですか?」
「嫌じゃないよ。雪の中でキャッチボールも乙だし、皆で雪合戦も出来るだろ。それにまだこの国の雪景色って、ゆっくり見たことないんだよ」
 だから楽しみだ、と告げたら、瞳の珍しい虹彩が銀色に瞬いた。
「きっと見られますよ」

 最後の一つでもあった愛娘のプレゼントを選び終えた頃には、辺りは真っ暗になっていた。周りの店も次々と片付けているし、時間はまだ遅くないが人も既にまばらだ。
 人工の明かりがない国の夜は深い。雪の日は分厚い雲に空が覆われているから、更に暗くなるはずだろう。それなのに、街には空から光が差し込んできていた。
 荷物を馬に乗せていた男が、空を見上げたまま動かないことに片眉を上げる。
「どうかしましたか」
「さっきは気付かなかったんだけど、見てみろよ」
 視線を離さないまま指し示せば彼も同じようにそちらに目を向ける。
 大きな月が金色に輝き、満天の星空から雪が舞い落ちている。この明るさは、月光が照らしているせいだ。
 埼玉よりずっと美しく星が見えることは以前から知っていたけれど、こんなにも幻想的な光景が見られるとは思ってもいなかった。深い夜闇に星々が瞬いているせいか、まるで雪が、何もないところから沸き出しているかのようだ。
「雪って、曇ってときに降るものだと思ってた」
「この季節になると、稀にあるんですよ」
 両肩に手を置かれて、背中に当たる冷たい風が僅かに遮られる。
「そうなんだ? すげー綺麗。なあ、また見に来よう」
「俺と? 今年もまたあるかな」
「あんた以外に誰がいるんだよ。それに」
 時々この男は当たり前のことを聞くから、思わず笑ってしまった。
「今年は見れなかったとしても、来年があるだろ」
 昨日の延長が今日のように。今日の延長が、明日のように。
 きっと来年も、再来年も、こうしてこの国で空を見上げる日が来るのだろう。来ると信じたい。
「さてと、帰ろうか。そろそろ腹も減ってきたしな」
「……ええ、そうですね」
 同意が、どちらにかけられたのかはわからない。だがそれでいい。なんにせよ、いずれわかることだろう。
 榛色の彼の愛馬に乗ると、城へ戻る道を進む。
「今日の夕飯なにかな」
「さあ。でもあなたには、その前に風呂に入って頂かないと」
「なんで?」
「風邪でも引かせたら、俺が怒られてしまう」
 アメリカ帰りを思わせる仕草で肩を竦めているのが、背後の気配でわかった。怒るのは不愛想な彼の兄か、優秀なはずの王佐か。

 クリスマスはもうすぐ。
 今日買わなかった、名付け親兼護衛の分は既に用意してある。
「早く来ないかな」
「クリスマスが?」
「そうだよ」
 皆の驚く顔が、喜ぶ顔が早く見たい。



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