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幸せでありますように


 ちょうど三歩分先にいる、主の背中を見つめる。
 突然彼が部屋を尋ねてきて、訳も聞かされぬまま外に出たのが一時間ほど前。彼ならば妙なことはしないはずだが、未だに理由はわからないままだ。
 城下街が一望出来る丘でも、陽光がなければ何も見えないらしい。見下ろしたところで、陰に覆われてしまっていた。
 は、と少年が白い息を吐き出す。頭上高くに昇っていくそれを目で追い、届くことのない空へ目をやると、月が出ていた。
 辺りはまだ暗く、夜が明け切っていない時刻。日が出ていない今、この季節は寒さもひとしおだ。着込んでいても、顔までは覆えない。後ろからでも見える頬は冷えて、紅く染まっていた。
「寒いですか」
「まあ、少しは。でも大丈夫だ。もう少し。ほら、あれを見てくれよ」
 主が示す方角に目をやると、空が僅かに白み始めている。夜明けが近いということだろう。
「陽が昇り始めていますね」
「うん、日本じゃ初日の出って言うんだけど。年が明けて最初の日の出だから。あんたは見たりしない?」
 こうして落ち着いて見たことはない。戦時中、眠れぬまま朝を迎えることも、夜戦の最中に夜が明けることもあった。だがその時は、空を見つめる余裕などひとかけらもなかったのだ。
「ユーリは毎年、こうして見ているんですか?」
 もしそうだとしたら、どうだというのだろう。尋ねながら、自分でもその意図がわからなかった。
 だが、故郷から見る空がもし、地球と繋がっていたとしたなら。
 彼がもし、毎年こうして空を見上げていたとしたなら。
 初日の出を見なかったことが、酷く勿体ないと思ってしまったのだ。地球で彼が空を見上げている間、同じような感動を味わえていたら、どれだけ幸せだろう。
 否、もしも彼が見ていなかったとしても、そうであればと考えるだけで幸せになれたはずだ。
 だが少年はかぶりを振った。
「いや、見てないよ。ただ、眞魔国で新年を迎えるのって、今年が初めてだろ。だから、折角ならこっちの人と見たいなーって思ったんだ」
「そうですか」
 答えながら距離を詰め、少し低い肩に手を置く。腕を伝い彼の腹の前で手を組むと、可笑しそうに笑いながら、首を捻って顔を確認しようとする。
「なに?」
「これなら暖かいでしょう?」
「キザだなー」
 けらけらと笑い、決して人を疑わない素直さが心地よかった。秘め続ける本当の想いは、彼は知らないままでいい。
 一緒に見たいと願うその人に、自分を選んでくれたということが嬉しくて、それなのに胸が締め付けられる。ヴォルフラムでも、グウェンダルでも、ギュンターでも、グレタでも本当は良かったはずだ。誰を選んだとしても、きっと彼は同じように初日の出に感動したことだろう。
 それなのに目の前の人は、他の誰でもなく、自分を選んでくれたのだ。
「ありがとうございます」
「何が? なあ、ほら、日の出だ」
 ユーリの行動一つ一つに、どれだけ心動かされているのか。彼はきっと知る由もないのだろう。
 指差された先には、穏やかに穏やかに見えてくる朝焼け。地平線に溶けていた太陽が夜を焼き、朝を生み出していく。今年最初の、太陽が昇る。
 状況は違えど、何度も見てきた光景のはずだ。それなのに、手の届く距離に名付け子がいるというだけで、どうしてこんなにも違うのか。
 これからもきっと、主は多くの人々の心を癒し、救っていくのだろう。
 だから、そう。
 これは願いを込めて。
「Happy New year,Yuri.」

 あなたにとっての一年が、幸せなものでありますように。

 

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