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他の者が出て行った部屋で、ヴォルフラムは小さくため息を吐いた。
整えられたシーツに横たわる一人の老人は、今も眠り続けている。
地球で身体を作られたユーリは、人間と同じ速度で成長した。みるみる離れていく外見年齢を止める術はなく、無力にも眺め続けることしか出来ずに。他の魔族は自身と同様なのに、彼だけが足早に老いた。
それに気付いたのは、一体いつのことだったろう。
止められるものならば、止めてしまいたかった。せめて、ともに成長したかった。
だがどれも、所詮世迷い事にしかならない。
永久の眠りに就いた表情は穏やかで、まるで幸せな夢を見ているかのようだ。しかしその夢が覚めることはなく、二度と闇色の双眸が開かれることはない。
そっと指を伸ばして髪を梳き、出会ったころより細く軽くなった身体を抱き締めた。
最期に遺る温もりを身体に刻み付け、眉を寄せて迫り来る目蓋の奥の熱に堪える。漏れてしまいそうになる嗚咽は、歯を食いしばって押し殺して。涙に溶かし、哀しみを洗い流してしまいたくはなかった。
白髪ばかりになってしまった、深い夜のような髪も。骨と皮ばかりになってしまった、健康的な手足も。子供のように無邪気な笑顔で、かけられた通る声も。もう二度と、戻っては来ないのだ。
静かに、音も立てずに彼の体温は消えてゆき、そして思い出の人へと変化していく。
共に歩きたかったと言えば、先の未来を見ようと伝えれば、ユーリは笑ってくれただろうか。
だが困らせてしまうとわかっていたから、決して口には出来なかった。ずっと幸せに笑っていて欲しかったから、言葉になど出来るはずがなかった。愛しい王の中には、憂いなど一つとして必要ないのだから。
「ユーリ」
声が震えてしまう。その胸に顔を埋め、目蓋を強く閉じ、けれど決して泣いたりはしない。
ぼくが泣いたら、お前は家族の元へ行けなくなってしまうだろう。
いつか、ユーリと話したことを思い出し、僅かに笑みが漏れた。
大丈夫だ。お前が遺した多くを捨てて、そちらへ行こうなどとは思わない。
幸せだった。ユーリと出会ったから、愛娘とも会えた。多くの大切なものを、手に入れられた。だからこれからも、きっと幸せだ。
後世の魂の持ち主は、この愛しい主ではない。だから、どうか。
「安らかに眠れ」
これはお前にかける、最期の言葉だ。
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