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ウェラー卿が消えた、という噂を聞いたのは、つい先日の事だ。
命からがらとはいえ、国へ還れたことが奇跡のような重症を、コンラッドは負っていた。傷が癒えるまでは絶対安静。そして、スザナ・ジュリアの死もそれまでひた隠しにされていた。
魔族が施す治癒術は万能ではない。治す気力のない者へはまるで効かず、ただ悪戯に術者の魔力を消耗するだけになる。
フォンウィンコット卿の死という現実は、あの男にとって、酷く辛い現実となるだろう。男自身の治癒力にすら影響を及ぼす可能性がある、という理由からだ。それは、賢明な判断だったと言える。
ヨザックは溜め息を吐いて、部屋の窓から外を見下ろした。彼も酷い怪我を負っていたが、既に回復している。今はフォンヴォルテール卿に呼び出され、執務室を訪れたところだった。
一体何処へ行ったのやら。
ウェラー卿は眞王廟に呼び出されたきり、行方をくらましたと聞く。あのしぶとい男のことだ。死んではいないと思うが、スザナ・ジュリアのことを知ってからの憔悴ぶりは目も当てられなかった。
何もかもに絶望し、生きて帰ったことすら罪と恥じ、しかし自ら命を絶つ気力すらなくして。喪った代償を払えるはずもないのに、払わなければならないような顔をしていた。
腐れ縁の幼馴染は、本当に馬鹿だ。
フォンヴォルテール卿の下で働くようになってから、あの男の周りは、当人が思っている以上に優しいことを思い知らされる。
弟が最前線で戦うと知って、誰よりも憤慨していたのはグウェンダルだ。今はシュトッフェルを摂政の座から引きずり下ろすため、奔走している。
息子が死地へ向かうようなものだとわかり、誰よりも嘆いていたのは、強く美しい母だろう。どうにか帰って来たことに、心から喜んで。
コンラッドが休んでいた部屋の前に、時折様子を見に来ていた弟もそうだ。扉越しに見舞うだけだったせいで、あの男が知る術はないのだが。
温かく、優しい場所を持っていながら、それに気付かないなど。
目蓋をおろすと、世界が暗闇に満ちる。今コンラッドは、そんな状態なのだろう。
大切な者を失った悲しみを真正面から受け止めたせいで、他のこと全てに目を閉じている。
そんな男に光を与える存在が現れるのは、何十年先になるのか、見当もつかない。
溜め息を吐いたところで、分厚い扉の向こうで足音が聞こえてきた。これはフォンヴォルテール卿のものだろう。
呼び出した本人が見当たらず、どうしたものかとは思っていたのだ。
忙しなくそこが開けられ、見えたのは不機嫌な顔だ。眉間の皺は相変わらず寄っている。
「グリエか。次の任務だが……」
「今度は何処へ行けばいいんでしょうね。ご命令なら何処にでも行っちゃいますよーん」
座り心地の良さそうな椅子に腰かけると、地図を引き出していた。
「此処だ」
指差した地域は、王都からはかなり離れている。
それだけ信頼されていると思えば悪い気はしないが、ならばあの男の生死を知るのも、暫くあとになりそうだ。
「で、一体いつ出立すればいいんでしょう」
「明日だ」
「明日!? そりゃまた随分急ぎなようで」
文句はあるのか、と睨まれて、わざと肩を竦めた。文句なんてありませんとも。そう伝えるように。
「じゃあ今日は準備をして、余った時間は昼寝でもしましょうかねぇ」
用件はそれだけらしい。ヨザックはわかりました、と受けて、部屋を出ようとした。
「グリエ」
「はい、何でしょう」
振り返れば、彼は既に書類に目をやっている。
「頼んだぞ」
きっとこれも、シュトッフェルの政権を奪うための一つの過程だ。
「任せてくださいよ」
音をたてて扉を閉め、兵舎への道を歩む。
ヨザックに、他を評価する気持ちはない。だがフォンヴォルテール卿は信じるに値する人物だ。
だから、ついていこう。
どこまででも、どんなに遠い場所だとしても。
大丈夫だ、きっと。
腐れ縁とも、生きていれば必ず会える。その時にはあの憔悴ぶりを馬鹿にしてやればいい。
死にたがっていたくせに、今まで生きているじゃないかと。
どうせ死なないのだから、死ぬまで生きてみろと。
ヨザックは笑って、吹いた風を受ける。
新しい王が来る前の、ちょっとしたお話。
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