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ほしがりなて


 血盟城の静かな廊下に、元気に走る足音が響き渡る。コンラートが顔を上げると、視線の先にはグレタとヴォルフラムがいた。今回の帰郷で、国境付近まで迎えに行ったのは弟だ。既に再会の挨拶は済ませているのだろう。普段とは異なり遠巻きに見守るだけに留め、余裕な表情で、口元に笑みを浮かべていた。
 グレタの行動を咎める者はこの場にはない。皆一様に少女の姿を温かく見守っている。
「ユーリ!」
「おかえり、グレタ!」
 娘を認めると、少し前を歩いていた主も待ちきれないといったふうに、早足に進んだ。何度交わしても、飽くことを知らない父子のやりとり。その微笑ましい光景は、城の雰囲気に温度を与える。娘が帰ってきてからの予定を、先日まで立てていたユーリは、彼女が喜んでくれることを何より望んでいた。
 グレタとヴォルフラムと共に、ピクニックに行きたいという提案を受けたのは、つい先日のことだ。既に厨房係や侍女たちにも話は通してあるから、今頃彼らはその準備をしていることだろう。雨が降らなければ、予定通りに出掛けられるはずだ。
 駆け寄った娘の身長に合わせるためにしゃがんで、小さな身体を抱き締めている。久々の抱擁は長くても、水を差す輩など此処にはいなかった。
 存分に再会の喜びを分かち合うと、名残惜しそうに腕を解いて立ち上がっている。
「せっかくなので部屋に戻って、ゆっくり話をされたらどうですか。グレタも積もる話もあるだろう?」
 後半はグレタに向けたものだ。無邪気に頷いて、少し伸びた赤茶色の巻き毛が踊る。
「うん!」
「とびきり美味しいお茶もお菓子も、用意してありますよ」
「やったなグレタ。さっすがコンラッド、気が利くなぁ」
 云いながら視線を下げたユーリの睫毛で、頬に陰が作られる。角度のついた顔と、髪の隙間から見える穏やかな表情は、他の誰にも向けられることはない。愛娘だけのものだ。
 目を細めて、まるで存在そのものが宝物であるかのように。それが、ひどく羨ましくなってしまった。きっとこれが羨むという感情なのだろう。離れた場所から傍観するように、冷静な自分が分析する。
 すべてを内に隠すために、目蓋をそっと伏せた。
 グレタ帰還の報告と共に、侍女には茶の用意を言いつけてある。あとは彼らと過ごす時間を許されているはずだった。それなのに、どうしてこんなにも足が進まない。
 初めはユーリについて考えられるだけで良かった。遠くから、その幸せを望むだけで満たされていた。特別なひとに仕えているだけで、穏やかになれた。けれど次第にもの足りなくなり、もっと多くを欲っしてしまう今がある。
 多くを与えられておきながら、なんて貪欲だろう。
 たわいない親子のやりとりすら羨んでしまうなんて。
 その手を握るのが一人だけであればいいのにと、そんな途方もない願いを持ってしまうなんて。
 両想いになったといいながら、片想いの頃に似た気分だ。距離が近付いたから、彼と関わる全てがより鮮明に見えるようになったのだろうか。今までも、ずっとあの方の傍にいたというのに。
 あとは優しいだけの日々を送るだけだとばかり思っていたせいだろう、その差は大きかった。
 傍にいるほど欲しくなって、手に入れればすぐに次を求めてしまう。自分がこんなにも、ないものねだりな性格だとは知らなかった。疼きはいつまでも胸に残り、しくしくと、ふとした瞬間に痛み出す。彼がいればそれでよかったのに。
 離れてしまう。小さくなっていく主の背中。グレタと手を繋ぎ、隣にはヴォルフラムを従えて。結局のところ、ユーリの傍にいたいというのは己の我が儘なのかもしれない。彼の優しさに、甘えているだけなのかもしれない。
 胸を焦がす苦しみは、誰に伝えることもなく、消えていくはずだった。それが届けられただけでも、十分すぎるというのに。
 たとえばその姿を自分だけに見せてくれればいいのにとか。たとえばその優しい眼差しを自分にも向けてほしいとか。
 ほんの数ヶ月前に恋人になったとはいえ、不敬でしかない感情が、胸の奥深くからじわりと漏れ出していた。本当は、日常に紛れたひとつひとつの些細な出来事が降り積もって、漸く目に見えただけなのかもしれない。
 気付かなかっただけで、本当はもっと前から、―――もしかしたら彼が初めて眞魔国へ還ったあのときから、淡く想いは存在していたのかもしれない。
 ヴォルフラムとの婚約破棄は時期を見て発表するとはいえ、一度国を出たからこそ、容易に十貴族や民の信頼は取り戻せないだろう。下手をすれば、王の信頼にも関わる。
 元通りになったつもりでいて、何もかも以前と同じにはなれない。それは己の至らぬ部分でもあり、一人で突っ走った代償だ。
 楽しげに笑い、仲良く手を繋いで部屋へ向かう後ろ姿を、動くことすら出来ずに見つめていた。

 足を止めたユーリが何かを探しているようだ。黒髪が左右に揺れ、気付いたように振り返る。
 そうしてコンラートの姿を見つけると、不思議そうな表情を浮かべた。
「コンラッド、何やってんだよー?」
 少し離れた場所で名を呼ばれ、早く来いと手招きされる。春の木漏れ日のように暖かく、夏の太陽に似た眩しさを宿すひと。
「あんたもグレタと話したいことあるんだろ、おじーちゃん」
 その光に触れて、おかしなほどあっさりと、鬱屈とした感情が晴れていった。
 彼が名を呼んでくれるだけで、胸に渦巻いた暗い気持ちが一掃される。
「ぼくはコンラートがいなくても困らないが! ユーリがどうしてもと言うのなら、お前が来ても構わないぞ」
 素直じゃない弟が胸を張り、笑みが漏れてしまった。
「ああ、すぐに行くよ」
 そう、どんな時でも。彼は人を、陽溜まりへ導いていく。
 先程まで鉛のように重かった足は、いとも容易く前へ進み出す。
 窓から差し込んだ陽光は、きらきらと彼等を照らし出した。
 明るみに向かい、叶うならその笑顔を、護り続けていたい。
 ずっと。

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