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とびきりの茶菓子で最高のティーパーティーを


 雪でキャッチボールも出来ずに暇を持て余していた昼下がり。小腹が空いたと呟いたら、コンラッドがティーセットを持ってきてくれた。だが、そこに茶菓子の姿はない。いつもならば焼き立てのクッキーやスコーンも忘れたりはしないのに。
 それから「どうぞ」と差し出されたのは、四角い小箱だった。何処に隠していたのだろう。箱は深い青色のきれいな包装紙に包まれており、手触りはざらつきがあって高級そうな紙だ。
 反射的に受け取ってしまったけれど、理由がわからず名付け親を見つめ返すと柔らかく微笑む。
「バレンタインデーは大切な人に贈り物をする日なんですよね」
 漸く気付いたが、バレンタイン当日だ。
 地球に居る間は類に漏れず落ち着かなくなるけれど、そういった行事が浸透していない眞魔国ではそわそわしようがないから忘れていた。大方彼は村田に中途半端なことを吹き込まれたのだろう。
「ありがとう。でも、バレンタインは女の子が好きな男にあげるものなんだよ。ああ、でも逆チョコってのもあるんだっけ……ってそうじゃなくて」
 曖昧な知識ばかりなせいで、頭を抱えることになった。それを微笑ましく見ている保護者は、もしかして本当はおれが云いたいことに気付いているんじゃないだろうか。
 瞳は反応を待つよりも、物を渡せることに喜びを感じているようで、くすぐったくなる。
「なあ、これ開けてもいい?」
「ええ、どうぞ」
 彼が茶請けを持って来なかったのは、この中身が食べ物なのかもしれない。そう期待して、丁寧に包み紙を剥がした。
 中に入っていた缶を開けてみると、乾燥した葉が入っている。指でなぞって缶に書いてある文字を読んでみたら、紅茶のようだ。これでは腹の足しにはならないけれど、最初に開けたときの香りが珍しくて頭ひとつ分大きな彼の顔を見上げる。
「チョコレート?」
「ご名答。いい香りでしょう?」
 期待していたせいで腹は余計にへってしまって、眉を寄せた。
「……あんた、面白がってるだろ」
「すみません。陛下があまりに必死でしたので、つい」
 つい、何だよ。とツッコミが喉元まで出かかったところで、勢い良く開かれたドアに飲み込むことになった。
 飛び込んできた小さな身体は、そのままの速度でおれの腰に突進してくる。どうにか踏ん張って倒れないよう耐えると、赤茶の髪が揺れて娘の愛らしい顔が見えた。
「グレタ! どうしたんだ?」
「あのねっ、これをユーリにあげようと思って」
 一歩分だけ離れて渡されたのは、可愛い袋にラッピングされたクッキーだ。バレンタインに娘から手作りらしきクッキーを貰えるなんて、感動にむせび泣きそうだ。勿論、ウェラー卿からのプレゼントも嬉しいけれど。
「同じのをヴォルフにもあげたんだよ」
グレタのもう一人の父親はヴォルフラムということになっているから、仕方がないとしても、少し切ない。いや、内緒で知らない何処かの男に渡されても、お父さん赦さないけど。
「教えてもらって、ベアトリスと一緒に焼いたの」
 大きな瞳が、今食べて感想を聞かせてと訴えてくる。その瞳に答えるべく袋を開けて、一枚食べた。さくさくとした食感と、香ばしい匂い。ほのかな甘みが丁度いい。
「これをグレタが作ったのか? すごく美味しいよ」
「やったー! グレタね、みんなが喜んでくれるように頑張ったんだ」
「みんな?」
「うん。コンラッドにもグウェンにもギュンターにもあげるの。血盟城のみんなが大好きだから」
 まるで大輪の花を咲かせたような笑顔に、先程空しくなったのが申し訳なくなってきた。苦労してきている少女は、今の環境を作るすべての人に感謝しているのだろう。
「でもね」
 くい、と袖を引っ張られ、しゃがんで頭の高さを合わせると、声を潜めた。すぐ後ろにいるコンラッドには聞こえないように。
「ユーリのぶんは、みんなより沢山お菓子を入れたの。いっぱい食べてね」
 だってグレタのお父様だもの。頬を桃色に染めた娘を、抱き締めたい衝動は抑えられなかった。子供なりの特別扱いが愛おしい。
「ありがとな、グレタ! おれもグレタが大好きだー!」
 痛いよ、と笑っているグレタの肩を掴んで離し、膝をついたまま彼女の細かい巻き毛を撫でる。
 今日の茶菓子は、たったひとつに決まっていた。

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