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あなたが選んだ幸福ならば、どんな運命でも受け入れよう。
見渡す限りの、青い海。夏に近付く陽射しに、ウェラー卿は目を眇めた。
カーベルニコフはリゾート地とされるが、まだその時期ではないからか人はいない。そのお陰で双黒の主が民の目に触れることなく、無事に見つかったのだから、良かったのだが。
まばゆいのは太陽だけではない。濡れた靴を放り出し、裸足で一直線に駆け出した主の姿もまた、眩しかった。まだ水分を含んだ髪を風に揺らし、広がる海を柵から乗り出して見つめている。
大きな瞳に映る景色をありのまま受け止め、潮風を全身で感じ取ろうとする姿に引きつけられた。
服を着たまま飛び込むとは思わない。だがそうしても可笑しくない危うさに、彼の肩に手を置いた。
落ちることはないだろう。彼を呼ぶ水の色とも、今は違う。だが、突然そうなるかもしれないと自分に言い訳をして、触れた手を離せずにいた。
「どうかしましたか?」
小さく波立ち、水面はきらきらと陽光を反射している。
「すっげー綺麗だと思って」
感想は率直で、飾らないけれど、そこに好感が持てた。海が、たとえば恋人同士のデートスポットになることは、知っている。しかし彼が伝えたいことはそうではなかった。
ユーリがずっと見つめてきたものと、どんなふうに違うのか。想像がつかない。
「綺麗? 海がですか?」
「そ。あんたにとっては珍しくもないだろうけどさ、こんな海、日本にはそうそうないよ」
地球に行ったことはあるし、多くの地域も渡り歩いたけれど、海の記憶はなかった。
「海岸に近付くことはなかったせいかな」
「見慣れてるものだと実感沸かなかったりするよな」
自身が見つめてきた海はほとんど祖国のもので、この色も、輝きも、ずっと変わらない。
彼と同じ感想を持てないこと。彼と同じ感動を味わえないことが、ひどく残念だ。
肩に触れていた手を滑らせ、身体の前で交差すると名付け子を閉じこめた状態になる。
身をかがめ、視線の高さを少しでも寄せた。
「あなたと同じ感覚を、共有出来たら良かったのに」
決して重ならない感覚が悔しい。彼と身長の変わらないヴォルフラムなら何か違っただろうかと、そんな叶わないことを考えてしまうほど。
けれど、主はまるで当然のことのように笑い飛ばす。
「何言ってるんだよ。それぞれ違うからこそ、いろんな感じ方があるんだって知れるんだろ。皆同じ感覚なら、どれがいいとか悪いとか、わかんなくなっちまう」
軽く腕を叩かれて、無意識に息を呑んでいた。奥底にダイレクトに伝わる、想像もしていなかった考え方。
彼の体重が僅かにかかり、軽く見上げられて笑っていることに気付いた。
「あんたはどう思う?」
きっともう、考えていることはわかっている。口に出さなくても伝わることは確かにある。それでも、届けたかった。
「俺も、そう思います」
「そっか」
「……ユーリ」
あなたは本当に素晴らしい人だ。そう言おうとして、言葉にするとチープになると気付いて、結局やめた。
そんな当たり前のことを、伝えなくてもいい。必要など何処にもないのだ。
それに照れ屋で向上心のある主は、きっと否定してしまうから。
「なあ、コンラッド」
「なんですか?」
「……いや。そうだな、また見に来れるかな?」
腕の中の名付け子が言い掛けてやめたのも、きっと同じ理由だ。他愛ないけれど、きっと何よりも大切なものだから。
だから気付いていないふりをして、質問だけに頷いた。
「もちろん。此処はあなたの国ですよ」
「じゃあまた来ような、次はスタツアのついでじゃなくて」
「あんたがいいんだよ。野球の話とか出来るし」
楽しそうにしている彼を離さずに、不憫な弟を思う。全ては冗談のまま、今がとても幸せだから、特別なことなど何も必要ない。
「そんなことを言っては、婚約者が泣きますよ」
「えぇっ、あんたまでそんなこと言うの!?」
「おや、違うんですか?」
茶化しながら、笑い合える今という日々がどうか続きますようにと、そんな途方もないことを願ってしまうほど。
幸せだった。
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