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「メリークリスマス」
名付け親の部屋の扉を叩き、開けられると同時にそう伝える。不意打ちを受けたのか彼は薄茶の双眸を大きくするが、すぐに細めた。瞳に散る銀の虹彩をきらきらと輝かせている。
「どうかしましたか」
ああそうだ。彼はいつも、こんな表情をしていた。忘れるはずがくて、わかりきっていたことだというのに、そんなことを考えてしまう自分がひどく可笑しい。
だって、そう。彼の表情なら、見なくてもわかる。
「なんでもないよ。なぁ、入ってもいいか?」
「ええ、勿論」
整頓された部屋は慣れたもので、いつものようにソファに腰掛ける。その隣に彼は座り、特に何かを話すこともない。それが、彼と共に過ごす時間の、一番の幸せだった。
「クリスマスプレゼント、何が欲しい?」
「何も要りませんよ」
毎年こうして聞いているというのに、きざな男は微笑んだまま、彼自身が欲するものは何も教えてくれなかった。顔を見なくても表情がわかるその人の心のうちは、いつだって隠されたまま。
去年は芝を所望された。だが、ユーリの野球場に敷くためのものだ。彼個人のものではない。
「あんたはいつだってそうだ」
他人のことばかり考えて、自分のことは後回しにして。それが周りを傷付けるということにすら、気付くことはないのだろう。
「どうしたっていうんですか、突然」
本当に、どうしたというのだろう。自分でもわからず、首を横に振った。
「なぁ、コンラッド。おれはいい王様になれるかな」
「あなたは―――」
「必ずしもあなたが、最高の指導者とは限らない」
耳に焼き付くほどの強い声で、ユーリは目を覚ました。視線だけを動かし場所を確認すると、サラレギーの船だということを思い出した。ついさっき、あの名付け親に海へ突き落されたということも。
物音を立てれば、近くにいるはずのヨザックはすぐに気付くだろう。否、優秀なお庭番は目を覚ましたことすら、もう知っているのかもしれない。
先ほどまで見ていたのは、夢だ。眞魔国には帰っていないし、彼とあんなふうに笑う日々は、終わってしまった。
信じ続けていたけれど、全てはまやかしでしかなかったのだ。
あの男は、おれを、殺そうとした。
唾を呑んで、何もかも忘れられたらいいのにと願う。
夢の中でまで哀しみを思い出させるのなら、いっそ何も見たくはなかった。
唇を噛み、目蓋を下ろす。寒くなどない筈なのに、温めるように身体を丸めた。
早く自分の中でも決着を付けなければならない。
心を落ち着かせようと魔石を握ろうとして、あのとき捨ててしまったことを思い出す。癖になるほど長く、この胸に有ったもの。でももう、あれは要らない。必要ない。
お守りだと渡されたが、彼がいない今、無意味だとさえ思えた。彼の想いごと、捨ててしまえたらと。
深く呼吸をして、あの日出会ったことすら無かった事に出来たらと、途方も無い願いを持ってみる。決して叶わぬと知っていながら、そうせずには居られなかった。
現実から逃げてしまいたくて眠りに就けば、夢の中でさえ突き付けられる。浅い眠りを繰り返し、朝が訪れるのは一体いつになるのだろう。
部屋を出ればあの男が来るのかもしれない。おれの大切な人とよく似た顔の、知らないあの男が。
何度絶望すればいいのだろう。希望を見出し、その度に裏切られて。
近すぎた人は手の届かない場所へ行き、知らない人になっていたのなら。その場所で、おれを殺そうとするのなら。
ならば、何度でも繰り返そう。もう、信じたりはしないように。 もう、傷付けられたりしないように。
ウェラー卿コンラートは、敵だ。
信じては、ならないひと。
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