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王のために用意された寝室。両手を伸ばしても余りあるほどの寝台で、布団に埋もれてぐっすりと眠る幼子のような主の顔に、頬が緩むのを抑えられない。隣で鼾をかいている弟も天使と呼べる寝顔ではあるが、十五年離れていたせいか、はたまた名付け子だからか、彼の寝顔は別格だった。無意識のうちに、起きている間はめっきり大人の顔をするようになったことを、寂しく思っていたらしい。
掛け布団は全てヴォルフラムに奪われてしまっているが、冬を越えて暖かくなってきているということもあり、寒くはないのだろう。表情は穏やかなことに安心する。
もっと見ていたい。
沸き上がった欲求を押しのけて、肩を優しく揺すり、声をかける。
「陛下、起きてください」
「んー、あと五分…」
微睡んで甘えるような口調。何もかも望みを叶えたくなってしまうが、既にロードワークは日課になっており、この問答も日課に近くなっていた。主に甘い臣下の顔を隠し、カーテンを開ければ差し込んだ朝日がユーリの顔を照らす。
「眩しい…今何時…?」
ぎゅっと目を瞑っても、その日差しには勝てなかったのだろう。のろのろと身体を起こした彼に、侍女に用意させていた着替えを渡す。
「もう三番目覚まし鳥も鳴きましたよ」
「えっ、マジで!?」
ぱちりと目を開けた彼がジャージを受け取り、慌てた様子で着替え始める。
「おはよう、コンラッド。陛下って呼ぶなって言ってるだろ?」
「失礼。おはよう、ユーリ」
微睡みの中でも陛下と呼んだのはわかっていたらしい。いつも通りの穏やかで優しい問答。
細いようで筋肉がついた身体を恥じることなく曝して、半袖のTシャツに腕を通す。もっとも、肌を曝すのを躊躇う男のほうが珍しいだろうけど。
「なぁコンラッド、ヨザックの様子は?」
今度はジャージから首を出して、真っ直ぐに見つめてくる彼の瞳はいつもと変わらない。ダルコから帰って以来、これも日常に混ざるようになったひとつの問答だ。
「変わりありませんよ」
「そっか」
半分は安心、半分は不安を滲ませながら、笑った。
「行こう、コンラッド」
「待って、ユーリ」
部屋の外へ駆け出そうとするユーリを呼び止めて、あらぬ方へ跳ねた髪を撫でて示した。
「寝癖、ついてます」
「へへ、サンキュ」
はにかみながら直す主の姿に微笑んでしまう。無意識に、少年の名残を残すふくよかな頬に手を伸ばしていた。そっと包み込み、親指の腹で目尻を撫でる。
「どうした? コンラッド」
深い夜のような瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめているのに気付いて、我に返った。何故こんなことをしていたのか、自分の行動だというのにわからない。
「っ、すみません」
取り繕おうにも上手く続けられなくて、彼に触れていた手を慌てて離した。
「いや、別にいいけどさ。ゴミでも付いてた?」
「……ええ。さあ、行きましょうか」
この想いに、名前をつける必要などない。
だから、何も見なかった振りをする。目を閉じて、この想いに名前を付けないように。
この想いの名前に、気付かないように。
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