忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

それはとてもあたたかかった


 長期に渡る視察でウェラー卿は城をあけていた。帰ったときにはすべてが終わっていて、なにもかもがいつも通りで、何かが違った。
 ユーリが眞魔国国王として即位してから、早いもので七十年が経つ。彼の両親が亡くなり、つい先日に兄の勝利も九十以上まで生きて、子や孫に見守られながら眠るように息を引き取ったらしい。人間の寿命で考えれば、大往生と云っていいのだろう。
 彼等の葬儀に、ユーリは行けなかった。否、敢えて行かなかったのかもしれない。
 眞魔国の王として、魔族として歳を取っているユーリの見た目は若いままだ。それがどれだけ地球の人間に異質に映るか―――想像出来ない筈がない。

「ユーリ」
 灯りが落とされた部屋の中央に、王は独りきりで佇んでいた。照明に火を入れることなく近寄り、ただ虚空を見つめるひとを腕に包み込む。長く伸びた黒髪がふわりと揺れた。
「おかえり、コンラッド。思ったより早かったな」
「フォンヴォルテール卿に呼び戻されました。不幸があったと」
 泣いているのかと思っていた。泣いているほうがもしかしたら良かったのかもしれない。主は穏やかに微笑んで、ウェラー卿の胸に頬を摺り寄せる。
「うん、勝利が死んだって」
 負の感情を削いだ呟きに、腕の力を込めることで返事をした。恋人であり、男性であるコンラートには血を分けた肉親を与えられない。血を分けた兄弟を喪うことの辛さを、まだ経験していないコンラートは完全に分かることも出来ないだろう。それでも大切なひとを喪う痛みだけはわかるから、せめて和らげばと強く抱き締めた。
 いつからだろう。ユーリが涙すことをやめたのは。この胸の中でならいくら泣いても構わないと、いくらでも貸すと伝えたのに、自ら涙を封印してしまった。
 強い王で在ろうと真っ直ぐに前だけを見つめ、哀しいことを哀しいとも云わず、激情に任せることもなく。
 なびく髪から香る洗髪水の匂い。背中から抱いた身体の肩口に顔を埋め、答えの分かり切ったことを問う。
「ショーリが亡くなって、あなたは泣けましたか」
「いや? 色々世話になったのにボブとも話せてない」
 けろりとして的外れなことを、いつもの通りに話している彼が逆に痛々しい。
 激務を重ね紛らわしている風にしか見えないのに、本人だけが気付いてもいなくて。壊れてしまうんじゃないかと怖くなる。このひとはとても強いが、故に酷く儚く見えてしまうのだ。
 揺らいだ視界が滲み、他に音のない空間で震えた吐息に、ユーリが苦笑する。
「どうしてあんたが泣くんだよ」
 頬に触れてきた指先が濡れている。伝う温もりに自らが泣いていることを知り、この涙が自分が流す哀しみではないと識っていた。
「あなたが、泣かないからです」
「……ありがとう」
 落とされた呼吸がそっと空気に染み込んでいく。

「なあコンラッド」
「はい」
「今から云うことは全部嘘だから。忘れてくれるか。寝言だと思ってくれていい」
 彼の身体がウェラー卿へと向き、顔を押しつけてくる。答える代わりにつむじにキスをした。
「おれ以外の王なら、もっと上手くやれるんじゃないのかな」
 彼は返事を求めていないだろう。すべては嘘なのだから。
 漸く見せた弱音に、コンラートは安堵する。いつまでもため込んでしまうよりずっと健康的だ。不安や悲しみを、すべて吐き出してしまえるよう、柔らかな漆黒の髪を梳いた。
「グレタもいつか、おれより先に死んでしまうんだよな」
 人間であるグレタは疾うの昔にユーリの外見年齢を追い越し、既に子も孫もいる女性だ。彼等を見守ってきた魔族でなければ、説明もなしに彼の娘だと信じる者はいない。
 肉親を喪い、遠くない未来に訪れる別れを恐れている彼が、幼い子供に見えた。
「みんな、いつかおれより先に死んでしまうんだな」
 出会った分だけ別れがある。生きていくには避けられない運命。側近は皆王より年上であるから、そうなる可能性のほうが高いだろう。だが、未来のことは誰にもわからない。とりとめのない呟きの最期に、僅かに感情が乗った。
「あんたにはおれより長く生きてほしい。そんで、同じ墓に入って」
「はい」
 反射的に頷いていた。顔を上げた小さなひとが、困ったように笑う。深い夜空の色をした美しい瞳が、コンラートの顔を映した。
「嘘だって言ったろ。寝言だって。寝言に返事すると寿命縮むんだぜ?」
「そんなプロポーズされて、俺が聞き逃せるとお思いですか」
 彼の髪をすくい上げ、口唇を寄せる。
「ユーリが生まれ育った日本では、そういうプロポーズもあるのでしょう?」
「……あんたそういう知識、何処から持ってきてんの?」
「嘘だと仰るのなら、此方から言わせて貰います。俺を、あなたの家族にしてくださいませんか」
 こんなタイミングで伝えてしまうのは卑怯なのかもしれないが、弱ったところを目の当たりにしてしまった今、止められずに言葉を紡いだ。
 大切だから踏ん切れずにいたけれど、大切に想うからこそ、この時しかないのだとも思える。
「ユーリより長生き出来るかはわからないけれど、努力します。あなたを、独りにはしないから」
 これまで何度も哀しませてきた。不安にさせ、彼から笑顔を奪っているのは自分だということに気付きもせずにいた。今度こそ、強くて優しい主を一番に支えられたらと心から願う。
「受け入れて、くださいますか」
「……ずりィよコンラッド。そういうこと言うのは」
 眉を寄せて、ひきつる口角を上げ無理矢理に笑顔を作ると、ぺちりと頬をはたかれた。胸に顔を埋め、くぐもった声で断るはずがないだろと聞こえて、意識していたよりも緊張していたらしく小さく息を吐き出す。
「好きだ。愛してる」
 滅多に彼から聞かされることのない言葉に、幸せがこみ上げた。
 胸に湿った温もりを感じて、濡れたユーリの頬を手のひらで撫でる。上向かせた額に、涙を浮かべる目尻に、触れている方とは反対の頬に口付け、口唇を重ねた。
 どうか叶うのなら。愛しいひとから溢れる雫が、哀しみにのみ染まるものではありませんように。
「俺も、愛しています」





 この身が朽ち果てるその日まで、あなたを守り続けると約束しよう。



拍手

PR

Comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

掲載されている文章・画像・その他すべての無断転載・無断掲載を禁止します。

TemplateDesign by KARMA7
忍者ブログ [PR]