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きらきら


 日本の埼玉住まいのユーリにとって、海と言えば千葉の海水浴場のイメージしかない。今目に映っている海は透き通り、海底や泳いでいる魚がよく見えた。あれは熱帯魚だろうか。映画で出てくるような色とりどりの魚が、優雅にヒレを揺らして居る。珊瑚礁もあるし、ゆらゆらと揺れる海藻まで海上から確認出来た。
 さっき襲われかけたベジタリアンなジローくんかどうかは判断がつかないが、鮫も遠くに泳いでいる。
 浜に立てられた簡易な柵の向こう。眺める水面は陽の光に煌めき、沖の海は宝石のようなエメラルドグリーン。彼が知る海は自らが立つところの、足元さえ見えないことが多いだけに衝撃は大きかった。
 沖縄から上京してきた人が、『千葉の海には入れない』というのを聞いたことはあるが今一実感はなく、そんなこともあるんだなと聞き流していたくらいだ。
 今までだって大海原に感動することはあった。でも、それは空の青さや海の広さであって、美しさではない。目の前に映るその景色は、今までのユーリの価値観を全て塗り替えてしまいそうだ。
「どうかしましたか」
 背後から覗き込んできた男が、柵から身を乗り出しているユーリの両肩を掴んだ。飛び降りてしまいそうにでも見えたのだろうか。そんなことするはずがないのに。
「すっげー綺麗だと思って」
 感動を感動のままに伝えようとしたら、安直な言葉になってしまった。ウェラー卿は怪訝そうに傷のあるほうの眉を軽く上げる。
「綺麗? 海がですか?」
「そ。あんたにとっては珍しくもないだろうけどさ、こんな海、日本にはそうそうないよ」
 地球に行ったこともある彼でも、日本の濁った海は見たことがないのだろうか。少し考えるような素振りで人差し指の背を顎に触れさせ、記憶するものとそう変わらないのか残念そうに首を横に振った。
「海岸に近付くことはなかったせいかな」
「見慣れてるものだと実感沸かなかったりするよな」
 ユーリが物心ついたときには家には当然のようにテレビがあり、暗くなれば点ける電気があった。暇なときはテレビゲームだってするし、夏場には勝利は冷房のきいた部屋で寛いでいる。身近なものほど、失ったときにその大きさをよりはっきり意識するのかもしれない。
 名付け親が肩に触れていた手をそっとずらしユーリの身体の前で交差させる。屈んだコンラッドの髪が耳に触れてくすぐったいが、不快ではなかった。
「あなたと同じ感覚を、共有出来たら良かったのに」
 同じ海を見ているけれど、過ごしてきた環境が違うと感じるものは違うのだから仕方のないことなのに、彼はそんなことを言うのだから。
「何言ってるんだよ。それぞれ違うからこそ、色んな感じ方があるんだって知れるんだろ。皆同じ感覚ならどれがいいとか悪いとか、わかんなくなっちまう」
 ぺしぺしと彼の腕を叩くと驚いたような気配がした。この男は特別なことを口にしたつもりはないのに、たまに思いもよらない反応を見せることがある。呆れているのだろうかと一瞬脳裏を過るけれどそうじゃない。
 背中の温もりに軽く体重を預けて息を吐き出した。
「あんたはどう思う?」
 肩口のダークブラウンに頬を寄せると、僅かに揺れた頭がそうですねと呟く。
「俺も、そう思います」
「そっか」
「……ユーリ」
 何かを言おうとして飲み込んだのがわかったが、きっと他愛ないことだろう。特に気にせず海の青を見つめていた。
 これが、おれが守るべき場所。新前魔王一人では何も出来なくても、優秀な臣下がいるから安心して前へ進める。そして疲れたときには、こうして寄りかかれる保護者がいる。
「なあ、コンラッド」
「なんですか?」
「…いや。そうだな、また観に来れるかな?」
 彼と同じように取るに足らないことだから聞くのをやめ、別の質問に変えた。わざわざ口に出して確認するようなことじゃない。くすくすと笑っているひとと、こんなふうにとても穏やかに過ぎていく時間があるから。
「もちろん。此処はあなたの国ですよ」
「じゃあまた来ような、次はスタツアのついでじゃなくて」
「ええ、喜んで。俺でいいんですか?」
「あんたがいいんだよ。野球の話とか出来るし」
 だからおれは、安心して前を向いていられる。


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