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「ギーゼラは強いから、きっと大丈夫ね」
微笑みを浮かべたあの時の顔が、今も忘れられない。
いつも通り使う魔術に比べ彼女の消耗が激しいことに、もっと早く気付くべきだったと後悔してからでは遅い。一帯に居た重傷の兵士の治療を終えると、ジュリアの身体が大きく揺れて。倒れ伏したジュリアの胸元には下がっているはずの魔石がなかった。持ち主の魔術を補佐するための魔石は魔力がない者には効果がないけれど、魔力のある者にはある程度消費を抑えながら術を操ることができるのだ。最初は何処か怪我をしたのかと心配をした。暴れる負傷兵は多く居たし、そんな彼等の振りかぶった腕や足で打たれるなんてことは珍しくなかったから。
けれど外傷はないのに、見る間に弱っていく身体。浅くなってゆく呼吸。低くなる体温。魔力を使いすぎればどうなるのか、知らないわけではない。魔力が尽きても尚魔術を使えば生命力が削られていくということは、人から聞き、本を読み、知識として備えていたはずなのに。
傷付いた身体を治せても、疲れ果てた魂は癒せない。
彼女の長い銀髪は大地に散り、自ら動かすことさえままならない血の気が失せた手を握る。
「ギーゼラ、そんな顔をしないで」
いつもみたいに笑おうとして失敗していることに、彼女は気付いているのだろうか。
「お願いがあるの。聞いてくれないかしら」
国に帰ったら聞かせてだなんて、言えなかった。すべてが終わったら話してと、言ってしまいたかった。彼女は笑ってくれるのかもしれないけれど。もう帰れないことを理解してしまっているひとに、約束を枷にしてしまいたくはなかった。
頷いて先を促せば、ひとつひとつ宝物を数えるように親しい人の名を口にした。
「アーダルベルトは、きっと大丈夫よね。あのひとは強いから」
眩しい金髪と、緑がかった青い瞳を浮かべる。婚約者だと紹介されたときはとても驚いたけれど、二人の雰囲気がとても和やかで、何よりジュリアが幸せそうにしていてくれたからそれで良かった。
「だけど、……コンラートはだめね。とても、弱いから」
辛辣な言葉とは裏腹に、くすくすと笑っているジュリアは楽しそうだ。その間も額に脂汗は滲み、呼吸は乱れている。どうして、自分はこんなに無力なのだろう。こんな風に触れているのに、彼女の状態は一向に回復してくれない。魔力は流れていってくれない。
「自分を、大切にしないから。周りが大切にして、あげなくちゃ」
握っている手に血の気はなく、言葉を紡ぐ彼女の淡紅の口唇も紫に変色している。視力が殆どなくても、他の者と変わらず前を向いていた彼女の空色の瞳は瞼に隠されてしまった。
「それは、ジュリアもでしょう」
「ね、ギーゼラ。コンラートを、お願いね」
耳を澄まさなければ聞こえないほどの掠れた声。目の奥がつんとして、熱を持っているようだ。溢れてきそうになる波を押しとどめ、声を発する代わりに握った手に力を込めた。どうして無力なのだろう。こんなに大切なひとを助けることさえ出来ないなんて。
最期の一呼吸さえ逃さないように見つめていると、ジュリアの呼吸はやがて穏やかになり。ゆっくりと、呼吸を止める。声を失った口唇が、見慣れたかたちに動いて。
もう二度とは動かなかった。
ジュリアが指揮する部隊の副官に指名されたとき、ひとつ命令が下されていた。
それは、彼女の死を看取ったあとに、骨のひとかけら、髪の一本さえ残さずジュリアの身体を火葬すること。赤く、青く、白く。術者による炎は目標を完全に焼き払うまで消えたりはしない。
この目で見届けなければならない日がくると知りつつも、覚悟をしたくはなかった。覚悟が無駄になればと願うこともあった。現実はそう優しくなくて。この手で彼女の身体を焼くことが、背けてしまいたいジュリアの死を受け入れさせた。
『大好きよ、ギーゼラ』
声なき声が、いつかのように脳裏を過ぎる。幻聴は耳元を擽り、去っていく。
私も同じ気持ちよ。そう返せなくても、ジュリアはいつだって嬉しそうに笑っていたけれど。あなたは思い出になってしまうけれど。
私はここで生きている。
「大好きよ、ジュリア」
私はここで生きている。
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