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『誕生日おめでとう、健ちゃん』
携帯にかかってきた電話を取ると、生まれる前からの保護者がそんなことを言ってきた。
目蓋を下ろせば、脳裏に焼き付いた柔和な笑みが浮かぶ。
三六五日のうちの単なる一日でしかないのに、彼は特別な日のように扱った。それが酷くくすぐったい。
「ありがとう、ジョゼ」
『ユーリちゃんには祝ってもらった?』
渋谷は今年も、誕生日を間違えて覚えたままだった。だが、美子さんが憶えていてくれたらしい。彼女が作ったケーキを出され、とても温かなひとときを過ごした。
こんな時間を過ごしたのは、何年ぶりだろう。幼い頃は両親も誕生日にケーキを買ってきて、プレゼントを渡されたが、ここ数年はそんな一日なんてなかった。今日も両親は、二人とも仕事で帰りも遅いようだ。
だからだろうか。有利に話を切り出されるまで、自分の誕生日さえ忘れてしまっていたのだ。
「祝ってくれたよ。ケーキも食べてきた」
『やっぱり誕生日にはそうして祝わないとねー』
間延びした声には喜びが混じっていて、彼は、飛行機の中で話した両親のことが気になっていたのかもしれない。
今が一番幸せだ。
何度口にしたかわからないこの言葉は、この男にも贈りたいのだと唐突に思った。
脳に刻まれた膨大な記録が、本物だと信じさせてくれたのは。殆ど悩まずに済んだのは、この小児科医がいてくれたからだ。
渋谷がまだ、眞魔国の存在を知らなかったとき。そして、魔王になったことを打ち明けてくれるまで。
一人きりで抱えなくてもいいと微笑んだのは、受話器の向こうの男だ。
「ありがとう。感謝してる」
『ん? 何に?』
聞き返されたが、きっと気付いているのだろう。
この魂を、村田健として生まれるよう運んでくれたこと。彼がいたから、孤独にはならなかった。渋谷だけじゃない。二人がいるから、確信できた。
全てを言ったりはしない。そうするには、まだ村田健として生きた十六年は短すぎる。
だけど、たったひとつの本心だった。
「今が一番幸せだよ」
電話口で、彼の笑った気配がする。
『生まれてきてくれて、ありがとう』
ジョゼがいたから、僕はこの日、村田健として生まれて来られた。
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