衝動のように抱き締めた温もりは、決して触れてはならないものだ。 彼のために彩られた世界。困ったように見上げてくる大きな瞳は、悲しいほどに真っ直ぐで汚れがない。 伝えられぬ想いと知りながら、伝えてはならぬ想いと知りながら、想いを抱き続ける俺を許してはくれませんか。 同じ想いを返して欲しいなんて言わないから。あなたは笑っていてくれるだけでいい。そのためならば、腕も胸も命も、人生さえもあなたに捧げよう。それが俺の、ひとつの幸福だから。
何のしがらみもなく、後ろめたさのひとつもなく。
当然のように彼に従い、明るい笑顔を受け止められたあの頃が懐かしい。
一度彼から離れたこの身体は決して、許してはならないのだと。例え彼が許したとしても、自分だけは許してはならないのだと言い聞かせてきた。
王へ向ける感情ではないと知りながら、彼を困らせるだけの想いを抱き続ける俺を許してはくれませんか。
頑固だと言われることはあるけれど。世界の全てを変えてしまう彼の前では、何もかもが無意味で、輝いて見えた。こんなにちっぽけな俺の、小さな悩みなどあなたを困らせてしまうだけと知りながら。
願うことすら罪だと知りながら。
だから永久に隠し続ける
久々に踏み締めた故郷の大地。ひどく長い旅をした気がする。振り返ればすぐ後ろに名付け親が微笑んでいて、そっと両肩に手を置いた。
「お帰りなさい、陛下」
「ああ、ただいま」
長い間眞魔国に帰らなかったのは、眞魔国だけじゃなく、彼の傍がおれの在るべき場所だからかもしれない。
還る場所
聞いて、ギーゼラ。私達も行くことになったのよ。どうしてそんなに悲しい顔をするの? 大丈夫、きっと還ってこれるわ。根拠なんてないけれど、まずは自分が信じなきゃ。
アーダルベルトには言わないわ。ギーゼラも内緒にしていてね、約束よ。
ふふ。だってあの人の驚いた顔が一番好きなんだもの。
すべてが終わって還ったとき、それとも結納してから? もっと後でもいいわ。ずっと後にあの人に教えてあげるの。
実はあの戦争に、私も行っていたのよって。
どんな顔をするのかしら。楽しみでたまらないわ。だからそれまで、内緒にしていてね、ギーゼラ。
ジュリア→ギーゼラ
アーダルベルトは強い人だもの。そしてとても優しい。
私がいなくなったらきっととても哀しむと思うけれど、すぐに立ち上がれる人よ。どうしてそんなことがわかるのかって? そんなの決まってるじゃない。私が愛してる人だから。
だからわかるのよ。それ以外に理由なんて要らないわ。
だけどコンラッドは、とても弱くて、優しいから。私がいなくなったら……。魔石を渡したのは本当にお守りになればと思ったのよ。
あれがあってもなくても私の行動は変わらないし、遅かれ早かれこういう結末は来たのかもしれないわ。それが今というだけ。
こんなふうに最期に話を聞いてくれるのがギーゼラで良かったわ。大好きよ。そんなに泣きそうな顔をしないで。知っていた? あなたがいるから、私は今、なんの心配もなく笑っていられるのよ。
ギーゼラは強いから、大丈夫よ。
ジュリア→ギーゼラ2
傷付いて傷付いて、踏み付けられても尚天を向く彼は稲穂のようだと大賢者は眉を顰める。
大切な友人が、そうして傷付けられていることも、傷付けられても尚彼が俺を見てくれているということも、気に食わないのだろう。 それでもいい。今も昔も、誰かの評価など要したことなどなかったのだ。
欲したのは彼が幸せであること。望んだのは彼の笑顔。それが例え永遠に彼から離れることとなったとしても、彼が幸せでいてくれるということが、俺にとって全ての救いとなっただろう。
他の誰の評価も要らなかったのだ。彼が幸せでいてくれるのならば。
あなたがいればそれでいい。
傷付いて、傷付けて、傷付けられて、繰り返すのはもう終わりにしよう。
信じ切れずに苦しめて、苦しめていることを嘆いて、彼の笑顔を奪っていたのは俺自身だったのだと、気付くのが遅すぎたけれど。
ずっと、好きでした。
大丈夫よ。彼女はいつも言っていた。
大丈夫、大丈夫、と。たとえば空が曇っているとき。たとえば誰かが落ち込んでいるとき。
どんな些細なことでも大丈夫よと、背中を押して笑う。彼女だけが消え何もかもが変わらない世界で、俺は彼に繰り返すのだろう。
大丈夫、あなたなら世界の全てを手に入れられる。
何度でも
鮮やかに、それは美しく咲き誇る一輪の花。花は儚くいずれ散りゆくように、彼の命もまた、いずれ散りゆくことを俺は考えてもいなかったのだ。
抱き上げて、抱き締めて、細くなった彼の手は今はこんなにも冷たくなった。あんなにも温かい人だったというのに。
哀しいですか、と彼は聞く。
哀しい、とは何だろう。
頬を伝うものはひとつもなくて、民は哀しみに暮れ、周りの者はまるで光を失ったかのように表情は暗い。
彼は温かな太陽だった。哀しいことは何もない。哀しむことなど何もない。陽は上り、やがて落ちていく。同じように、彼もまた去っていっただけの事だ。
陽はいつか落ちるから
哀しくない筈などないというのに、コンラートはまるでそれが当たり前かのように、穏やかに、笑みさえ浮かべて口にした。
「哀しいことなど何もないだろう、ギュンター」
こんなふうになってしまうのならば、ジュリアの時のほうが幾分ましだとさえ思えた。彼は哀しみを哀しみと認識さえ出来なくなったのだ。
かなしいんだね
初めは彼を想うだけで満たされた。遠くの地で、彼が健やかでいてくれると願うだけで幸せになれる気さえした。それなのに今はどうだろう。
彼の後ろを歩き、時折確認するように振り返る彼を見詰めていたら、もっとその視線が欲しくなった。
もっと俺だけのための笑顔が欲しくなった。
触れたくなって、指先に灯った熱は次第に大きく、今や全身を焼き尽くさんばかりになって。
これを親心と言えるのだろうか。信頼してくれている彼の気持ちを、冒涜していることにはならないだろうか。
もうそんなことさえわからないほどに、彼に溺れているのだと気付いた頃には全身を炎に包まれていた。
もう逃げ場などなかったのだ
「ユーリ」
護ってくれるその腕が、おれを好きだと言っていた。
「ユーリ」
見詰めてくる珍しい虹彩は煌めいて、おれを好きだと言っていた。
「ユーリ」
時折触れる彼の指先は熱く、おれを好きだと言っていた。
だけど彼は想いを決して言葉にはしない。こんなにも全身で、叫んでいるというのに。
認めようとしない、認めたがらないことに気付いていて待っているのは、彼のほうから言葉にしてほしいからだ。
変なところで頑固なんだよ、と村田に言えば、眼鏡を押し上げながら彼は笑った。
「似たもの親子じゃないか」
似たもの親子
大丈夫。大丈夫よ。
ここには誰も来ない。誰もいないから。
コンラートは彼の地で眠りに就いているわ。優しいだけ、愛おしいだけの、夢を見ていて。
ユーリ陛下、だからお薬を飲んで。このままではあなたの身体が保たないわ。
診断メーカーのです
あなたの目に映るもの全てが美しければいい。
誰より眩しいひとの見詰める先が、幸福だけであればいい。
生きるように歩き続けた世界は、いずれその足を止めるのだろう。歌うように愛した願いは、やがてその音を止めるのだろう。
どれだけ無力な腕だとしても、その全てを護れたなら。だから今は何より優しい夜の闇を、そっと抱き締めて囁こう。
擽るように、ただひとつの願いが届くように。
疲れたときには、あなたの寄り掛かれる存在であり続けたいから。
「おやすみなさい、よい夢を」
おやすみなさい
死にたいとは思わないよ、ユーリ。だから泣かないで。泣いてない? それは失礼。
だけど、ユーリ。違うんです、俺はあなたの臣下で、護衛で、あと……そう、あなたが赦してくれるのなら、名付け親だと名乗ってもいいですか。
死にたいわけじゃないんです。ただ、あなたのために死ねるのなら、俺にとってそれは本望だとは想っているけれど。シマロンに居る間も想うのは眞魔国と、あなたのことばかりでした。
二度と還れないと覚悟しながら、故郷はこの眞魔国で、主はユーリただ一人。どれだけ離れていても、あなたのためならば試練だと信じられた。
あなたのためになるのなら、幸せだとさえ思えたんです。本当のことですよ。辛いだなんて、感じたことはありませんでした。
たとえ眞魔国で息絶えることが出来なくても、もう二度と、―――そう、こうしてユーリと話すことは出来なくても、今俺がしていることが後のあなたの幸福に繋がるのなら、それだけで十分すぎた。眞魔国を離れる前にユーリと過ごせた時間はかけがえがなくて、まるで太陽のようにあたたかくて、優しくて、愛おしくて。そんな日々を遠く離れた地で思い出すだけで、泣きたくなるくらい幸せになれたんですよ。これは本当です。
ああ、だけど、今になって思えばあの時俺は、凍えていたのかもしれない。凍えていることにも気付けなかったけれど、あなたの隣がこんなにもあたたかいから。たったひとつの幸せに縋っていたのかもしれません。
……すみません。そんな顔をしないで。あなたを想うだけで幸せになれたのは本当なんです。だから、ね。笑ってください。
次男帰還後
コンラッドは幸せだったと云ったけど。
遠く離れた異国の地で、故郷を思い、過ごした日々を思い出すだけで幸せになれたと。
だけど、違うんだよ。あんたのそれは『幸せ』なんかじゃないんだ。幸せだと、自分に言い訳をしていただけなんだ。
そんなことにも気付けなくなっていたんだよ。苦しいこともわからなくなっていただけなんだ。
おれが哀しい顔をしているように見えるのなら、それはあんたがさせてることだよ。
だけど一番酷い顔をしているときを、あんたは知らない。きっとずっと知らない。絶対にあんただけは見れない。
だけどコンラッド以外には見せることになるかもしれないな。なんでだと思う? おれが一番酷い顔をするときは、あんたが傍にいないときなんだ。だからあんただけは見れない。
だから、ずっと笑っていて欲しければ。そんな顔をさせたくないって云うのなら。
離れていくんじゃなくてその分傍にいてくれ。贅沢すぎるって? 莫迦。
こんなちっぽけな贅沢なら、いくらでもくれてやるよ。おれは王様なんだからな。
離れないと誓ってくれ
たとえば不意に触れる大きな手だったり。さり気なく交わされる視線だったり。遠くに見つける彼の気配だったり。 微笑みの中に欲しい気持ちはないのに、望むのは親心でも友情でもなかった。 「好きになって、ごめん」 男なのに男を好きになって。子供で居られなくて。臣下として見れなくて。ただの保護者として見れなくて、ごめん。
溢れ出しそうな想いは止められず。けれど伝えることなど出来るはずもない。
ヴォルフラムを好きになれていれば、きっと丸く収まるのに。
「ごめん」
この気持ちが報われる日がくれば、罪悪感からは抜け出せるのだろうか。
次男←陛下←三男な一方通行たまらんです
「そんなふうに走っては危ないですよ、フォンウィンコット卿」
瞳に光は宿っていないのに、見えている者と同じように歩き、時に駆け出した。
長く美しい髪を靡かせ振り返った彼女は少し怒って、けれど微塵も嫌な気分を浮かべずに口を開く。
「そう呼ばないようにと何度も言わなかったかしら、ウェラー卿」
次男はジュリアにも陛下と似たようなことやっていそうだなと思って

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