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2


 それは、今考えれば確定された未来だったのだろう。唐突に感じたのはユーリだけで、グウェンダルやギュンターの想定内。きっとコンラッドは、誰よりも覚悟していた。
 箱の鍵をシマロンに送らなければ、戦争を仕掛けられるだろう。
 ギュンターから告げられた言葉は、ユーリには信じがたく、けれど酷く現実味を帯びて浸透した。彼と離れていた期間が、そうさせたのかもしれない。
 聖砂国にはイェルシーがいた。サラも一緒にいるかもしれない。彼等があの状態で、計画を立てられるとは思えなかった。だが、ギュンターやグウェンダルが偽りを口にすることは、もっと考えられない。
 時間をかけて現実を飲み込んだ彼は、天秤にかけなければならなかった。
 魔族と人間が戦争になる未来と、コンラッドと共に過ごす短い日常を。


 あてもなく居室をうろつくユーリに、ヴォルフラムが陶器のカップを置いて、ため息を吐いた。一時間ほど前に衝撃的な話を聞かされ、今に至る。
「ユーリ、いつまでそうしているんだ」
「だって、突然すぎるだろ」
 苛ついたように頭を掻き、胸元に下がった石を掴んだ。凍土の業火の一件が片付き、漸く落ち着きを取り戻した矢先のことだ。シマロンの言い分も、わからなくはない。理解出来ないわけではないのだ。ただ、心が追いつかないだけで。
 皺なくクロスがかけられている丸テーブルには、数種類のクッキーと紅茶が用意されている。ヴォルフラムと対面するように、椅子に腰を下ろして無造作に焼き菓子をつまんだ。
「突然?」
 金糸の髪を、窓から差し込む陽光に煌めかせながら、細い眉を僅かに上げる。笑い出しそうな、そんな表情だ。
「予想くらい出来ただろう。それともあのまま、全てが丸く収まるとでも思っていたのか?」
「う……」
 図星だった。というよりも、今になって風の終わりが問題になるとは、考えてもいなかったのだ。ユーリの中では、あの箱については片付いていた。
「シマロンが箱を失ったことに、いつまでも気付かないとでも?」
「あー、もー、そりゃそうだけどさ!」
 大小のシマロンも、聖砂国も同じ人間の国だ。だから油断していたのかもしれない。人間の国だが、それぞれ独立された別の国ということを、失念していたのだ。種を蒔きに行ったのだと、彼はそう云っていた。ならばウェラーを崇拝する者たちは、ウェラー卿が生きる眞魔国を敵対しないのではと、そんな希望を持っていた。
 彼等に敵対心がない可能性はある。しかし、大きな組織のうちのほんの一部の感情でもあった。
 希望を抱いてはならないわけではない。だが、縋ってはならなかった。希望があるのなら、自分の力で掴まなければ、意味がない。
「おれがもっと早く気付いていれば、こうならずに済んだのかな」
「どうだろうな。変わらなかったんじゃないか」
 呆れているのだろうか。だが、彼自身に悲観した様子はない。まるでなるべくしてなったのだと、事の次第をすっかり受け入れてしまっているようだ。
「なんでそう思うんだよ」
「グウェンダル兄上もギュンターも、勿論ぼくもだが、思いつく限りの策を練った」
 もっと早く気付いていれば何かが変わったかもしれない。そんなことは、誰もが考えていることだ。過去には戻れない。過ぎたことに後悔するよりも、今出来る最大限の努力をするべきだと、彼の言い分はよくわかる。
 それに、眞魔国が箱を持ち出したと、大シマロンが気付く可能性は低かったが、全く気付かなかったわけではない。ただ、今以上の対策を練りようがなかっただけで。
「お前一人のせいじゃない」
 だから自分を責めるなと、彼までもがそんなことを云う。
 シマロンが箱を失ったのは、カロリアが独立したと同時だ。そのせいで、フリンやカロリアの民へ意識が向く可能性もあった。
 だが、ベラールからしてみれば、鍵を取り戻した眞魔国のほうが危険なのだろう。彼等はコンラッドを、箱の鍵や途絶えたはずの王家の生き残りとしか見ていない。眞魔国国王の名付け親などとは、想像もしていないのだから当たり前だ。こじつけでもなんでも、取り戻したいのかもしれない。
 箱と鍵が揃っていないなら、その証明に鍵を差し出せ。きっと彼等も、眞魔国に風の終わりがないことになど、疾うに気付いているのだろう。
 既に眞魔国は戦争放棄を宣言している。だからこそ表明を翻すか、鍵を手放すか、天秤にかけられると踏まれた。
 すべてがユーリ一人の落ち度ではない。けれど、ユーリの失敗は、国全体をも揺るがす。だからこそ行動は慎重にせねばならなかったのに。
「おれは、どうすればいいのかな」
 質問ではなかったが、戸惑いだ。
 本当は、用意された選択肢の中で、手に取るべきものは何か、誰もが気付いている。それでも用意されたもの以外を選ぶ方法を、探したかった。
「お前自身が決めなければならないことだ」
 ユーリが王ではなければ。決定打が他の者に委ねられてさえいれば、彼の心はもっと穏やかでいられただろう。どちらに決められても、選んだ者を責めたかもしれないが、今よりずっと気楽で居られた。
 しかし現実は違う。眞魔国の王はユーリで、代わりは誰もいない。
 戦争か、人質を送るか。
 王佐も摂政も、目の前にいる婚約者も。選択肢を広げたが、彼等自身の意見は一つも言わなかった。無責任なわけではなく、信用されているからこそ。
 だからユーリも、それに応えたかった。今出来る最善を選びたい。
 唇を噛み、ヴォルフラムと向かい合うように腰掛ける。無造作に座ったせいで椅子がずれるかと身構えたが、杞憂に終わった。
 部屋から出るよう命じる前、メイドが淹れた紅茶は、既に湯気をなくしている。
「ユーリ」
「なんだよ」
「どんな結論を出しても、誰も責めたりしない」
 わかっていた。わかっているからこそ、たったひとつの選択がつらい。
 いっそ、責めてくれれば謝れるのに、彼等はそれさえしてくれないから。自分勝手に謝って、許された気にもさせてくれない。
「丸投げしてるだけじゃないか」
 最低な言葉だと、吐き出しながら自嘲した。他人に責任を押しつけたがっているようにしか聞こえない。そうじゃないことなど口にした本人にもよくわかっていたし、ヴォルフラムは気付いていながら答えを口にした。
「違う。ぼくたちは、お前に委ねているんだ」
 王としての生き方を決めたのは自分だ。だから選択をしなければならないとき、最終的な決定を任せられる状況を恨んではならない。ユーリが今まで成してきた結果であり、これからの過程だ。
 戦争はしたくない。戦争をしないために、この国からなくすためにユーリは王になった。今はそれだけではなくなったが、やはり根本にあるものだ。覆せはしない。
 だがコンラートがシマロンへ行くのも、快く頷けるはずがなかった。長い間離れていて、漸く取り戻した男だ。この世界で唯一の寄りかかれる相手であり、保護者。
 再び手放すことなど、考えたくもない。
 結局、思考は堂々巡りだ。
 そうする間も期限は刻一刻と迫り、有耶無耶になど出来るはずもなく。
「………っ」
 悩む時間さえ、そう残されていないというのに、決断しかねていた。
 戦争か。コンラートか。
 どうして彼だったのだろう。
 たとえば他の、ユーリと面識のない者であれば、多少悩みはしても決められたかもしれない。説得をして、謝って、どうか国のためにと。自分勝手なもので、自身の周りにいる人物になった途端尻込みしている。
 彼が唯一証明された箱の鍵であり、代わりがいないウェラー卿だからだと、理解しているというのに。
「王が悩み、決めたことならば、民はそれについていくだろう」
 それが最善だと信じて。正確には、そう信じるしかないのだ。民も、兵士も、誰もが疑問を持ったとしても国の頂点に立つ者に従うしかない。
 戦争をして、被害を最小限に抑え勝てば、保護者を失わずに済む。
 大切だから、なくしたくない。
 そんな感情が、ユーリの決断を迷わせていた。

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