忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

1


 静かな城の前に、一台の馬車が停まった。そこから降りたグレタは、茶色い癖のある髪をそっと後ろに流す。
 数年前まで同世代の友人と遊んでいた少女は駆け足に成長し、遂に二人の父の外見と変わらなくなった。外見が似ても似つかない彼等とは、きっと兄妹にも見えないだろう。せいぜい仲の良い友人程度。
 ユーリは二十歳を過ぎてから成長が止まり、もう十年。
 それを切なく思っても、人間であるグレタにはどうしようもない。変えようのない事実だ。だから自分にしか出来ないことをこなしていこうと決め、同じ頃に共に歩める人を見つけ、人間の男性と結婚した。
 久々に帰ってきた城を見上げると、太陽が眩しい。眞魔国に帰ると白鳩を飛ばし、何日が経っただろうか。
 王の居室の扉を叩くと、昔から変わらないユーリが満面の笑みで出迎えてくれた。
「グレタ! おかえり!」
「ただいま、お父様」
 両手を広げた彼の腕に収まり、大きく息を吸った。どれだけ歳を取っても。たとえ彼等の外見より、グレタが歳を取ったとしても。二人の娘だと言ってくれた日を思い出す。
 悩んだこともあった。苦しくなり、一人で泣いたこともある。けれど何年経っても、二人はグレタを一人娘として扱ってくれた。
「すごく久しぶりね。こんなに会わなかったのなんて、ユーリが地球から中々帰って来なかった時以来?」
 冗談っぽく笑えば、困ったように眉を下げている。まだ幼かったこともあり、旅の途中でユーリが地球へ行ってしまい、ひどく寂しい想いをした。
 もう、薄れてきている過去ではあるけれど、少しだけ意地悪をしてみたくなっただけのこと。
「嫌なことがあったらいつだって帰ってきていいんだぞ。風邪は引いてないか?」
「もう、大丈夫よ。あの人ともちゃんとやってる。だから心配しないで」
「心配くらいさせてくれよ」
 きっと彼も、同じことを言うのだろう。親子は似るものだと誰かに聞いたことがあるが、きっかけに一人の男を思い出した。
 深い茶髪と、薄茶の瞳。枯れ草色の軍服がよく似合う青年だ。
 あの頃のグレタには、ユーリもコンラッドも追いつけないほど大きく見えた。だが人間の短い寿命はすぐに追いつき、追い越していく。
 コンラッド。ユーリの名付け親。
 当時の父が、たった十六歳の少年でしかなかったと気付いた今、彼に会えばまた印象は変わるのだろう。記憶は、人間でいう二十歳前後。ヴォルフラムと同じ速度で成長しているのなら、ユーリより三、四歳年上に見えるはずだ。
 眞魔国からいなくなる前夜に、何かあったのだろうか。ユーリの記憶からは、コンラッドの存在だけがすとんと抜け落ちていた。
 詳しいことを本人に尋ねたことはない。問おうにも父は忘れてしまっていたし、ウェラー卿には会えない。
 直後、ヴォルフラムは一時ひどく怒っていたし、ギュンターは取り乱していた。だが、記憶が戻るきっかけがない以上、彼等は傍観を決めることにしたのかもしれない。
 或いは、これ以上悲しませないために、思い出させないことにしたのだろうか。
 そっとユーリから離れ、視線をずらすとヴォルフラムが微笑んでいた。金糸の髪をさらりと風に揺らし、腕を組んでいる。
 彼はぐんと背が高くなり、最近ますます絵画の眞王に似てきたと評判だ。けれど湖底の色をした緑の瞳をすっと細めた穏やかな笑顔は、眞王よりもすぐ上の兄に近いと密かに想っていた。
「ユーリばかり狡いぞ。グレタ、ぼくのところにも来い」
「ふふ、大好きよ。ヴォルフ」
 両手を広げた彼のところまで行き、胸に収まると瞼を下ろした。何年経っても安心する、大切な人。大切な場所。
 彼等はまだ結婚をしていない。もしかしたら、結婚はしないつもりなのかもしれない。
 二人の進展はないが、肩を並べ、同じ目線で話せる関係に満足しているのだろうか。



「渋谷はね」
 両親との挨拶を終え、アニシナの研究室へ向かう最中に会ったのは大賢者だった。
 魔族の血が入っていない村田は、人間と同じ速度で歳をとり、親友と見た目の年齢差を広げている。てっきり彼は地球にいるものだとばかり考えていたが、眞魔国に還っていたらしい。
 立ち話もなんだからと案内された部屋は、殺風景な印象を得た。元々は、コンラッドが使っていた場所だ。
 ユーリは絶対に、この部屋には来ない。
 主のいない部屋の椅子に堂々と座ると、正面に座るよう促される。今も掃除はされているらしく、使われていないというのに、埃っぽくはなかった。
「フォンビーレフェルト卿はともかく、少なくとも渋谷にその気はなさそうだ」
 結婚する気はないのだろうかと、本人に聞けるほどの幼さは、既にグレタにはない。だが自身が経験しているからこそ、気になる部分もあった。
 それを打ち明けると僅かに眉を垂れて、きっと彼は眞魔国と結ばれているから。と、彼らしくもない、誰かの台詞を借りていた。
 膨大な記憶の、同じ魂を持った誰かの言だろうか。それとも、村田健として聞いた言葉か、グレタにはわからない。
 けれど納得してしまい、悲しいわけでも嬉しいわけでもなく、妙な気分になった。
「……そっか」
 ヴォルフラムを憐れむわけではない。ましてユーリを責めたいはずがない。あのよく似た魔族の三男は、すべて理解した上で父の隣に立つのだろう。
「ねぇ、ユーリの記憶は、ずっとこのままなのかしら」
「渋谷次第かな」
 友人が失ったものを思い、困ったように笑っている。
 ユーリが地球に還っている間、あの人が遊んでくれていた。時にはキャッチボールを。時には勉強を。街に下りて、買い物にも付き合ってくれた。
 ヴォルフラムやグウェンダルと同じくらいに、特別な一人だ。
 もう二度と会えないだろうと教えられた日。
 ギュンターが説明しようと一歩前へ出たのを遮り、グウェンダルが膝をつき、目線を合わせてグレタを抱き締めた。
 そして、ユーリの記憶のことを、伝えられたのだ。
「ウェラー卿は本当に馬鹿だね」
「どうして?」
 足を組み替えた男は、ここにはいない青年を頭に浮かべているのだろう。
「あの男はね、渋谷に暗示をかけたんだよ。催眠術って言ったほうがいいのかな」
 それは初耳だ。これまで、彼が出て行った日のことを詳しく語る者はいなかった。彼等なりの配慮や、グレタがまだ幼かったせいだが、口に出来ずとも気になっていたのだ。
「渋谷が本当にウェラー卿を大切にしていたら、彼がシマロンに行くことを悲しむだろう?」
「当たり前よ。でもそれは皆同じでしょう?」
「そうだよ。だけど、彼にとって渋谷は特別だ。もう二度と悲しませないと誓い、その約束を果たそうとした。催眠術をかけたんだ」
 最初から知らないことにしてしまえば、失った悲しみを味わわずに済むから。
 もう一度憎々しげに吐き捨てた、本当に馬鹿だよ、という言葉の意味を漸く理解した。
 ユーリの記憶を、誰も取り戻させようとしない理由も、同時に知ってしまった。彼の、コンラッドとの思い出は、コンラッド自身が封印してしまったのだ。
「賭けをしたのだと言っていたけどね。渋谷がウェラー卿を大切に思っていたら、記憶は消えてしまうだろうと。そうじゃなければ記憶は消えない。そんなの賭けでも何でもないじゃないか」
 以前、誰かに聞いたことがある。
 催眠術や暗示は、くつろいでいる時がもっともかかりやすいと。名付け親で、護衛。そして保護者であると信頼しきっていた父が、彼に対して気を許さないはずがなかったのだ。
「………なんて、ひどい」
 楽しかった日々を。ユーリにとって大切な、いくつもの思い出を。決断したときの、覚悟を。あの人は、想う力が強すぎて、すべてなかったことにしてしまった。
 なんて馬鹿な人だろう。何度繰り返せば済むのだろう。大切に守ろうとして、周囲を傷つける器用すぎるほどに不器用な人。
 なにより哀しいのは。
 ユーリが彼を大切に想っていたぶんだけ、暗示は強くかかっているということ。
 彼を思い出せないということ。
 忘れたことすら、忘れてしまったことだった。


拍手

PR

Comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

掲載されている文章・画像・その他すべての無断転載・無断掲載を禁止します。

TemplateDesign by KARMA7
忍者ブログ [PR]