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8


 誰もいない部屋で瞼を閉じると真っ暗で、何も聞こえなくなった。分厚い扉は隔てた向こう側の音を、完全に遮断してしまっているようだ。
 だが今はそれでいい。それが良かった。
 時折、息苦しさを伴う衝動に駆られる。そんな時、居室ではなく彼の部屋に逃げ込むのは、もう癖だ。
「ユーリ」
 けれど彼は独りにしてくれない。本当に独りになりたい時こそそうしてくれない、魔族三兄弟の三男は、当然のようにすぐ上の兄の部屋を開ける。
 背を向けたままでいたのに、後ろから伸びたしなやかな指が顔を覆った。
「独りで泣くな」
「泣いてねぇよ」
「そうか」
 声を殺し、もう戻ってくるかもわからない、あの珍しい虹彩を持つ瞳を想った。
 さらさらと風に靡く、ダークブラウンの髪を想った。
 おれのために失った、あの左腕を。
「泣いてないからな」
 背後の彼は息だけで笑って、それ以上は何もない。
 だけどだめだ。対等で在りたいと、強がる心が邪魔をする。強い王で在りたいと、願う心が邪魔をする。
 きれいな指が濡れないよう唇を噛み締めた。
 この眞魔国で、無条件に寄り掛かれるのはあの男だけだ。
「………っ、平気だよ。ヴォルフラム」
 誰かの代わりなんて、誰もいないのだから。
 彼がいなくちゃ、上手に泣くことすら出来やしない。



次男出奔中のヴォルフとユーリ



 腕の内側に閉じ込めた、彼の寝顔にそっと触れる。
 起きているときは誰より凛々しいユーリは、眠っているときはまるで初めて会った頃のようにあどけない。
 抱いてしまった忠誠以上の想いは、決して口にすることはないだろう。この無防備な横顔は、名付け親にのみ与えられる特権だ。いっときの感情に流されて、彼の純粋な心をかき乱したくはなかった。
 それでも俺は幸せだ。
 染みわたり、泣き出したくなるほどの愛おしい日々。不意に笑いだしたくなるほど優しい時間。
 再び戻ってくるはずのなかった幸福は、時が経つごとに当たり前になり、日常になっていった。
 だが俺は忘れることはないだろう。彼を傷付けた愚かな行為を。先走り、彼を護るために悲しませた不甲斐ない自分を。
 もう二度と、同じ過ちを繰り返さないために。
 忘れたりはしない。



コンユ 


「俺の言葉を信じてくれませんか。大丈夫、あなたならきっと、一人でも幸せになれる」
 そんな事ないと伝えたいのに、言葉が詰まって出てこない。口にしたところで、頑固な人には届かないのだろう。
 笑みさえ浮かべ、醒めることのない眠りに就いた彼は、最期まで、莫迦な男だった。


莫迦な男





 ソファに腰掛ける男に寄り掛かり、わざと体重をかける。雑誌から目を離し、こちらを向いた薄茶に浮かぶ星が嬉しそうに瞬いた。
 時計の秒針を見詰め、かちりと日付けが変わる。
「名付け親記念日おめでとう、コンラッド」
 今日という日に名付け親となった男に云えば、困ったように笑われた。だが瞳はきらきらと輝いている。
「悔しいですね。先に俺が云いたかったのに」
「たまにはいいだろ」
 今年はおれの勝ち。毎年先に云われていたから、いつかと考えていたのだ。
「ありがとう、ユーリ。誕生日おめでとう」
 彼が居たからおれはおれとして生まれて来られた。
「ありがとう。これからも宜しくな」
 来年も同じように、こうして云い合えたらと願ってやまない。一年に一度の、特別な一日。


渋谷有利生誕祭1 コンラート&ユーリver.





「ユーリ!」
 聞き慣れたボーイソプラノに振り返ると、ヴォルフラムがいた。陽光に煌めく金糸の髪は綺麗なのに、何やら機嫌が悪そうに眉をしかめている。
 城の天井は高く、響くことこそないが、彼の声はよく通った。
「なんだよ、ヴォルフ」
「どうしてぼくが起きたとき、部屋にいなかった」
「ロードワーク行ってたんだよ。いつものことだろ?」
 更に眉を寄せてしまった。折角天使みたいなのに勿体無い。以前見たグウェンダルとよく似た表情とも違うが、機嫌が悪いのは確かなようだ。
「コンラートには言われたのか」
 脈絡のない問いに首を傾げてしまう。覚悟を決めたように眉を吊り上げ、真っ直ぐに見据えられた。
「……いいか、来年はぼくが一番に言ってやる。だからお前も球投げなどではなく、ぼくが起きるまで部屋から出るな」
「は? なんでだよ」
 相変わらず目的が全くわからなかったが、婚約者と言って譲らない彼は、その表情に漸く笑みを浮かべた。
「誕生日おめでとう、ユーリ」



渋谷有利生誕祭2 ロイカプver.





 血盟城の通路を歩いているユーリを見付けて、思わず走り出してしまった。今日のために三日前から城に帰ってきていたけれど、やっぱり何日経ってもお父様の傍にいたい気持ちは変わらない。
「どうしたんだ? グレタ」
「誕生日おめでとう、ユーリ」
 そう告げれば、彼はあの太陽のように明るく、温かく笑ってくれる。そうするとグレタはもっと嬉しくなることに、きっとユーリは気付いてないけれど。
「ずっとずっとグレタの大好きなお父様でいてね。でね、これユーリにあげる」
 アニシナに教えてもらって編んだ、二人のお父様とグレタを模したあみぐるみ。
「地球にいても、グレタ達のこと思い出せるようにだよ。忘れちゃ嫌だよ?」
「ばっかだなあ。忘れるわけないだろ。地球にいる間は、眞魔国のことを考えてるよ」
 今日は、グレタの大好きなお父様が生まれた、大切な大切な一日。だからもう一度繰り返す。心を込めて。
「誕生日おめでとう、ユーリ!」

渋谷有利生誕祭3 グレタ&ユーリver.





 薬瓶の並べられた棚を確認していると、慌てた様子でユーリ陛下が飛び込んできた。部屋には誰もいないと思っていたのか、こちらの姿を認めると驚いた表情になる。
「ごめん、暫く匿って」
 追われているかのように扉の向こうを気にしていた。
 耳を澄ましてみれば、養父が王を呼ぶ声が聞こえる。きっとみっともなく滂沱しながら走り回っているのだろう。
「誕生日おめでとう、ありがとうだけじゃ駄目なのかな。30分くらい喋り続けてるから、逃げてきた」
 呆れているが、笑顔が浮かんでいるあたり、心底嫌がっているわけではないようで安心した。昔はああではなかったから最初は驚いたけれど、あれも彼の素ということだ。
 そして今日という日に、あの器用すぎて不器用な友人は、心を取り戻した。
 その変化を養父は見てきているから、過剰になるのかもしれない。
 眞魔国へお帰りになられてからは、民を、異国の者でさえ、主自身が知らぬ間に救っているのだろう。
「内輪だけの誕生会にするって言ってたのに、もうすげー人数集まってるんだ」
 今日だけで何度も祝われているのか、照れくさそうにしている。けれど私も、その一人に入ろう。彼の誕生を喜ばない者は、この国には一人としていない。
 ならばそれを伝えられる幸運に感謝しよう。
「陛下、ご生誕おめでとうございます」


渋谷有利生誕祭4 ギーゼラver.


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