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ひゅるりと吹いた風に身を縮め、見上げれば青く澄んだ空があった。真っ白い雲はゆっくりと流れていて、眩しいほどの朝日に目を眇める。
広場を囲うように植えられた木々は赤く染まり、あとは常緑樹しか緑は残っていない。ツェリ様の花壇の花も、すっかりその色を変えていた。
眞魔国の秋は、埼玉よりも気温が低く短いらしい。秋を足早に通り越してすっかり冬だなと呟いたら、まだ先だとヴォルフラムに教えられた。
それも朝となれば一層強く感じて、ベッドから出られなくなる日は近いのかもしれない。昼間は気温が上がるから、執務中は過ごしやすいのが幸いだった。
ロードワークのために出た外、朝の空気は澄んでいて気持ちがいい。
大地を踏み締めると靴底に擦れた砂が音を立てた。誰もいない中庭は広いけれど、あと2、3時間で沢山の兵士が整列し、訓練が始まるだろう。
「寒いですか」
いつの間にかすぐ後ろまで来ていたコンラッドが、答える前にジャージの上着を脱いで羽織らせてくれる。お陰で温かいけれど、すぐに首を横に振って返した。
「大丈夫だよ。ちょっと寒いけど、動いてればすぐ温まる」
何かを言いたげにしているが、言いたいことは何となくわかる。この保護者は過保護なところがあるから、気付かない振りをした。
元々身体を動かすために外に出ているのだから、着込んでしまえば動きづらくもなる。
「さてと。早く走ろうぜ」
「そうですね。その前に、準備運動しましょうね」
いつも通りランニングを終えると、口にした通り先ほどまでの寒さは何処かへ行ってしまった。
乱れた呼吸を整えながら一緒に走っていたコンラッドを振り返ると、息一つ切らしていない。
目が合うと、銀の虹彩をふわりと散らして微笑む。
「お疲れさまです」
「あんた全然疲れてないな?」
「軍人は鍛え方が違うから。陛下だってかなり体力ついてきたんじゃないですか?」
地球にいるときも眞魔国に還ってきたときも、可能であるときはいつだってロードワークを欠かしていないのにと悔しくなる。確かに彼は軍人で、昔は戦場に赴き、今は護衛だ。
そういう人物が、たかが高校生のランニングで疲れていては話にならないということなんだろう。
「陛下って呼ぶなって。腹筋割りたいのに、まだ足りないっぽいんだよな」
一度は割れてきていたが、暫くそれどころではない期間があったから、元に戻ってしまったのだ。せっかくつけた筋肉も、一からやり直しだった。
「ユーリはそのままでも十分だと思いますけどね」
「あんた、いつだってそう言うだろ」
「いつだって俺の本音ですよ」
さりげなく、降ろしていた手を捉えられた。今はこの笑顔の裏に腹黒さが隠れていることも知っているし、夜には獣のような表情も見たことがある。
柔らかな瞳の銀が餓えた獅子のように輝いた瞬間、この男が爽やかなだけではないということを、身を以て知らされてしまったのだ。
「信じられませんか?」
「そういう言い方、狡いだろ」
逸らすことなく覗き込まれて、不安げに眉を下げて。そうだと頷ける人などいるのだろうか。
「すみません」
困ったみたいに謝る彼は、おれが肯定出来ないような聞き方をしたと自覚している顔だ。たまにこの男は、答えが決まっている質問をすることがある。
きっとそれは質問ではなく、コンラッドなりの確認なのだろう。
掴まれた手を握り返すように指を折ると、驚いたのか傷があるほうの眉を上げる。すぐに離そうと思っていたのに、至極嬉しそうにはしばみ色の瞳を細められてタイミングを見失ってしまった。
この雰囲気がひどく照れくさくて、逃げ道を探す。
触れ合った部分を名残惜しく解いて、暖かみのある薄茶から逃れると置いてあった二つのグローブを拾い上げた。
「コンラッド、早くキャッチボールやろうぜ」
片方を投げて渡すと、いつも通りの場所まで離れた彼が片手を挙げて合図した。
何でもない、たったひとつのありふれた日常。
だけどそれで良かった。なにも変わらなくていい。ただ、この先もどうか、平和であるように。
そんな世界を、作れるように。
変わらない優しい日々を繰り返そう。そしてそんな日々が続くように、おれは精一杯の努力をしよう。
「行くぞ!」
投げた硬式ボールが、彼のグローブを叩く音が空高く響いた。
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